Rapidusの2nm技術の根幹を支えているのが、米国IBM(International Business Machines)との戦略的技術提携です。

2022年12月に締結されたこの提携により、RapidusのエンジニアはIBMの研究拠点であるニューヨーク州アルバニーの「Albany NanoTech Complex」に常駐し、IBMが保有する最先端の2nm技術を移転・習得しています。

この日米半導体同盟の詳細を解説します。

IBM Albany NanoTech Complexとは

Albany NanoTech Complexは、米国ニューヨーク州立大学(SUNY)アルバニー校のキャンパス内に設置された世界最大級の半導体研究開発施設です。

州政府・連邦政府・民間企業が共同で設立・運営しており、

IBM・Applied Materials・東京エレクトロン・LAM Research・ASMLなど

世界の半導体主要企業が研究拠点を構えています。

Albany NanoTech Complex 主要データ:

  • 所在地:米国ニューヨーク州アルバニー
  • クリーンルーム面積:約3万㎡(世界最大級の公的研究施設)
  • 投資総額:累計約110億ドル以上(州政府・連邦政府・民間企業)
  • 研究者・技術者:約3,000人以上(常駐)
  • 保有装置:EUVスキャナーを含む最先端プロセス装置を完備
  • 主な研究テーマ:次世代ロジック(2nm以下)、3D積層、先進パッケージング

IBMが2nm技術の源流となった経緯

IBMは世界最先端のコンピューター企業であり、半導体の自社製造は2015年にGlobalFoundriesへ売却しましたが、研究開発は継続してきました。2021年5月、IBMは世界で初めて「2nmノードの試作チップ」を発表し、世界を驚かせました。これはTSMCやSamsungよりも早い成果発表であり、IBMの基礎研究力の高さを示すものでした。

IBMの2nm技術はGAA(Gate-All-Around)構造のナノシートトランジスタをベースにしており、同社が発表したデータでは、7nmチップ比で最大45%の性能向上または最大75%の電力削減が可能とされています。この技術がRapidusへの技術移転の核心となっています。

IBM 2nm発表(2021年5月)の主な成果

  • 世界初の2nmノード試作チップを150mm²のシリコンウェハー上に実証
  • 1枚の指の爪サイズに500億個のトランジスタを集積
  • GAAナノシートトランジスタを採用(業界他社に先行)
  • 7nm比:同性能で消費電力75%削減、または同電力で45%性能向上
  • Albany NanoTechの装置を使用して製造された試作品

Rapidus×IBMの提携内容

技術ライセンス供与

IBMはRapidusに対し、2nmプロセス技術のライセンスを供与します。具体的には、GAAナノシートトランジスタの形成プロセス、電源配線技術(Buried Power Rail含む)、超薄絶縁膜形成技術などが含まれます。このライセンスは完全な技術開示(オープンブック方式)とは異なり、製造実施権の付与という形態が基本です。

Albany NanoTechでの共同研究

RapidusのエンジニアがAlbany NanoTechに常駐し、IBMの研究者と共に2nmプロセスの開発・改良を行います。2022年末から始まったこのプログラムには、Rapidusから数十人規模のエンジニアが参加し、実機を使ったプロセス研究を行っています。千歳IIM-1での量産移管を見据えた技術習得が目的です。

プロセス設計支援

IBMはRapidusがPDK(プロセス設計キット)を整備するにあたり、プロセスパラメーターの提供・設計ルールの共同策定を支援します。PDKは顧客が設計ツール(EDA)上でRapidusのプロセスを使って回路設計するための基本情報集であり、顧客獲得に不可欠な資産です。

人材育成プログラム

IBMとRapidusは共同で半導体技術者育成プログラムを実施しています。日本の大学・高専から選抜した学生・若手エンジニアをAlbanyに派遣し、最先端の研究環境で訓練するプログラムが進行中です。日本の半導体技術者不足(後述)に対応するための長期的な人材育成への取り組みです。

技術移転フローの全体像

IBMのR&D(Albany NanoTech)
2nm技術の源流・研究・ライセンス
RapidusエンジニアのAlbany常駐研修
プロセス習得・PDK共同開発
千歳IIM-1試作ライン(2025年〜)
Albany知見を千歳環境へ適用・最適化
量産ライン(2027年目標)
歩留まり改善・コスト最適化・顧客製品製造

提携における課題:技術移転の「壁」

IBMの研究所レベルで実証された2nm技術を、千歳IIM-1の量産環境に移植することは非常に困難なプロセスです。研究開発と量産では求められる技術が本質的に異なります。

段階主な特徴Rapidusの現状課題
研究段階(IBM Albany)試作数枚・コスト度外視・性能最優先完了済み・技術習得中
試作段階(IIM-1パイロット)数十〜数百枚・歩留まり評価・プロセス安定化2025年〜現在進行中
量産段階(IIM-1量産ライン)月産数万枚・歩留まり95%以上・コスト競争力2027年目標。最大の難所。
技術移転の本質的な難しさ:半導体業界では「知識は伝えられても、ノウハウは経験でしか得られない」と言われます。IBMのレシピ(製造工程の詳細手順)を完全に入手しても、千歳の装置・環境・材料では同じ結果が出ない場合があります。装置のキャリブレーション(校正)、プロセスの微調整(チューニング)、歩留まり改善のための根本原因分析——これらは数年単位の実地経験を必要とします。Rapidusがこの壁をいかに速く・確実に乗り越えるかが2027年量産の鍵です。

日米半導体協力の政治的背景

RapidusとIBMの提携は、単なる企業間の技術取引ではなく、日米政府間の半導体協力という政治的文脈でも位置づけられています。2022年5月の日米首脳会談(バイデン大統領×岸田首相)では「日米競争力・強靭性(CoRe)パートナーシップ」が合意され、半導体サプライチェーンの協力が明記されました。Rapidus設立はこの政治的枠組みと連動しており、米国政府もRapidusの成功を西側同盟の半導体強化という観点から支持しています。

IBM側のメリット:IBMにとってRapidusへの技術供与は、自社がファウンドリー事業から撤退した後も、自社技術が世界の最先端製造に活用され続けるという意義があります。また研究開発費の一部を回収する収益源にもなります。さらに日本政府とのパイプを活かした研究資金の獲得(米国CHIPS法・日本の補助金)も期待できます。IBM×Rapidusの連携は双方にとって合理的な選択です。

Albany以外の連携:imecとの関係

RapidusはIBMとの提携に加え、ベルギーの半導体研究機関「imec(ナノエレクトロニクス研究センター)」とも連携しています。imecはTSMC・Intel・Samsungなど世界の主要ファウンドリーと共同研究を行う半導体業界の共有R&D機関であり、次世代プロセス研究の最前線にいます。RapidusがimecのA列研究プログラムに参画することで、IBMの2nm技術とimecの最先端EUV・GAA研究を組み合わせた技術習得が可能になります。

まとめ:IBM提携はRapidusの「命綱」

IBMとの技術提携はRapidusの2nm挑戦を可能にする最大の外部リソースです。30年のブランクを持つ日本が世界最先端に立つためには、この種の「技術の肩車」が不可欠でした。Albany NanoTechで着実に積み上がるRapidusエンジニアの経験と知識が、千歳IIM-1に還流されるとき、日本の半導体産業の本当の復活が始まります。