2026年7月4日、広島県東広島市のマイクロンメモリジャパン(Micron Memory Japan)広島工場で、新たなクリーンルーム建設の起工式が挙行されました。総投資額は1兆5,000億円(約96億ドル)。経済産業省が最大5,360億円の補助を決定したこの巨大プロジェクトは、日本唯一のDRAM(Dynamic Random Access Memory:動的ランダムアクセスメモリ)量産拠点を、AI時代の最重要メモリであるHBM(High Bandwidth Memory:高帯域幅メモリ)の世界的供給拠点へと転換させる国家的プロジェクトです。

起工式の様子(現地取材映像)

以下の動画は、2026年7月4日の起工式の様子を伝えるローカルニュース映像です。工場の増強工事開始と地元経済への影響についてレポートしています。

▲ マイクロン広島工場の増強工事開始・起工式(ローカルニュース映像)

1. マイクロン広島工場の歴史:エルピーダメモリから始まる物語

マイクロン広島工場(正式名称:マイクロンメモリジャパン 広島工場)の歴史は、日本のDRAM産業の栄光と挫折を凝縮した物語です。

出来事
1999年NEC(日本電気)と日立製作所のDRAM部門が統合し「エルピーダメモリ」設立。後に三菱電機のDRAM部門も統合
2002年広島県東広島市に「広島エルピーダメモリ(HEM)」を設立。最先端DRAMの製造拠点として本格稼働
2000年代後半韓国メーカー(SKハイニックス・サムスン)との激しい価格競争。メモリ市況の低迷が経営を直撃
2012年2月エルピーダメモリが会社更生法を申請。負債総額4,480億円。日本DRAMの事実上の終焉
2013年7月米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)がエルピーダの全株式を取得し完全子会社化。「マイクロンメモリジャパン」に社名変更
2016年〜マイクロンが広島工場への継続投資を続け、最先端DRAMプロセスの量産拠点として再生
2025年広島工場で第6世代「1γ(1ガンマ)DRAM」プロセスによるLPDDR5XのサンプリングをAIデータセンター向けに開始
2026年7月4日1.5兆円を投じた新クリーンルームの起工式挙行。HBM4量産へ向けた大規模拡張が始動

エルピーダメモリの破綻は日本の半導体産業にとって大きな痛手でしたが、広島工場という製造インフラ・技術者・製造ノウハウはマイクロンに引き継がれ、今日の日本唯一のDRAM量産拠点として機能し続けています。

【コラム】なぜ広島がDRAMの拠点になったのか

広島県東広島市は、西条地区の豊富な水資源(DRAMの超純水製造に必須)・広島大学など高等教育機関との連携・大型工場用地の確保のしやすさという3条件が揃っていました。

エルピーダが選んだこの立地が、マイクロンの日本拠点として今も生きています。

2. 新クリーンルーム建設の全貌

投資規模と政府支援

項目内容
総投資額1兆5,000億円(約96億ドル)
経産省補助金(設備投資)最大5,000億円(投資額の約1/3)
経産省補助金(省エネ研究開発)最大360億円
経産省補助金合計最大5,360億円
起工式2026年7月4日
製造装置搬入開始2028年後半(夏頃)
出荷開始目標2028年中〜後半
フル稼働目標2030年までに月産ウェーハ換算4万枚

第1期クリーンルームの規模

新クリーンルームは段階的に建設されます。第1期工事の床面積は約2万8,000m²(約30万平方フィート)で、これは東京ドームのグラウンド面積(約13,000m²)の約2倍に相当します。将来の拡張工事で最終的な生産能力を順次引き上げる計画です。

なぜ国が最大5,360億円を補助するのか

経済産業省がこれだけの大型補助を決定した背景には、「半導体は国家安全保障の問題」という認識の変化があります。

  • 日本唯一のDRAM拠点の維持・強化:マイクロン広島が撤退すれば日本にDRAM量産能力がゼロになる
  • AIメモリの国内供給体制確立:HBMは生成AI・自動運転・データセンターに不可欠で、国内調達が安全保障上重要
  • 経済波及効果:1,000人超の直接雇用+数倍の間接雇用・地域サプライチェーン活性化

3. 生産する製品:HBM4と1γ DRAM

HBM(High Bandwidth Memory:高帯域幅メモリ)とは

HBMは複数枚のDRAMダイを縦方向に積み重ね(3D積層)、TSV(Through-Silicon Via:シリコン貫通電極)で接続した高帯域メモリです。GPU・AIアクセラレータのすぐ隣に実装することで、従来のDDR DRAMとは桁違いの転送帯域幅を実現します。

規格帯域幅(1スタック)積層数(DRAM)主な採用製品
HBM2E〜460 GB/s8〜12層NVIDIA A100
HBM3〜819 GB/s8〜12層NVIDIA H100(一部)
HBM3E〜1.2 TB/s12層NVIDIA H200・B100・B200
HBM4(2026〜量産)〜1.5〜2 TB/s(目標)16層(12Hiも)NVIDIA Rubin・GB300 世代
HBM4E(2027〜)〜2 TB/s以上16〜20層次世代AI加速器

生成AI・LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)のモデルサイズが爆発的に増大する中、GPUがメモリからデータを読み出す速度がAI性能のボトルネック(「メモリウォール」)となっています。HBMはこのボトルネックを解消する唯一の手段であり、AI半導体の性能を左右する最重要コンポーネントとして急需要が高まっています。

1γ(1ガンマ)DRAMとは

1γ(1ガンマ)は、DRAMの製造プロセス世代を示す業界用語です。数字が小さくセルが微細になるほど、同じウェーハ面積でより多くのビットを生産できます。

世代名位置づけ特徴
1α(1アルファ)第4世代10nm台EUVなし
1β(1ベータ)第5世代10nm台一部EUV導入
1γ(1ガンマ)第6世代10nm台EUV(Extreme Ultraviolet Lithography:極端紫外線露光)本格採用。マイクロン広島が主力プロセス

マイクロンは2025年に広島工場で1γプロセスを使ったLPDDR5X(スマートフォン・AI端末向け低電力DRAM)のサンプリングを開始しており、広島が同社の1γ DRAMの主要生産拠点として機能しています。新クリーンルームでは、この1γプロセスでHBM4向けDRAMダイを量産する計画です。

4. 世界のHBM競争とマイクロンの立ち位置

HBMを量産できる企業は世界にSKハイニックス・サムスン・マイクロンの3社のみです。それぞれの動向を整理します。

メーカーHBM市場でのポジション(2026年)HBM4向け戦略
SKハイニックス(韓国)HBM市場シェア約50〜55%でリード。NVIDIAのHBM4発注の約2/3を獲得1β DRAMでHBM4を製造、HBM4Eで1γへ移行予定
サムスン電子(韓国)HBM3Eでの品質問題から回復中。HBM4でNVIDIAへの納入を目指すHBM4から1γ DRAMを採用し品質挽回を狙う
マイクロン(米国)2026年のHBM供給は完売(Sold Out)状態。生産量が制約要因広島工場で1γ+EUVでHBM4製造。広島新工場で供給量を大幅拡大

マイクロンは技術力・品質面では高い評価を受けており、2026年の生産分は既に全て顧客と契約済みです。課題は「生産量」であり、広島の新クリーンルームはまさにこのボトルネックを解消する切り札です。2028年の生産開始後、マイクロンはHBM市場での存在感をさらに高める計画です。

5. 世界メモリ市場における地位の変化

マイクロンが広島に巨額投資を決断した背景には、メモリ市場そのものの地位の向上があります。

  • 世界半導体市場に占めるメモリの割合:2004年約10% → 2025年約30% → 2026年予測:50%超
  • この変化を牽引するのは、生成AI(ChatGPT・Gemini等)の学習・推論に必要な膨大なメモリ需要
  • ChatGPTのような大規模LLMは、推論1回でもHBMが搭載するGPUが必須

かつて「コモディティ」と呼ばれ価格競争に晒されてきたDRAMは、AI時代において「戦略物資」へと変わりました。

6. 地元・広島への経済効果

雇用創出

マイクロンメモリジャパンはすでに広島を中心に数千人の従業員を抱えており、新クリーンルームの稼働により1,000人超の新規雇用が見込まれています。高度な専門技術者(プロセスエンジニア・装置エンジニア・品質管理)から製造オペレーターまで多岐にわたる雇用が生まれます。

サプライチェーンへの波及効果

半導体工場の建設・運営には地元企業が広く関わります。

  • 建設・エンジニアリング:クリーンルーム建設・設備工事
  • 材料・薬品:超純水・特殊ガス・フォトレジスト・研磨材の供給
  • 装置メンテナンス:製造装置の定期保守・部品供給
  • 物流・インフラ:製品輸送・電力・排水処理設備の整備

広島大学・高専との連携

マイクロンメモリジャパンは広島大学をはじめとする地元高等教育機関との産学連携を推進しており、半導体エンジニアの育成プログラムも展開しています。東広島市は「半導体都市」を目指すまちづくりを進めており、この投資がさらなる半導体関連企業の集積を呼び込む可能性があります。

7. 今後のスケジュールまとめ

時期マイルストーン
2026年7月新クリーンルーム建設起工式
2026〜2027年建屋建設・インフラ整備工事
2028年後半製造装置(露光機・成膜装置・エッチング装置等)の搬入開始
2028年中〜後半HBM4および1γ DRAM製品の初期出荷開始
2030年まで月産ウェーハ換算4万枚規模の本格生産体制を構築

まとめ:エルピーダの遺産が世界のAIを支える

マイクロン広島工場への1.5兆円投資は、単なる企業の設備投資にとどまりません。日本の半導体産業の歴史の中で、エルピーダメモリの技術者たちが培ってきた製造ノウハウと、広島という土地が持つポテンシャルが、AI革命の中核インフラへと昇華する歴史的転換点です。

2028年以降、広島で量産されるHBM4はNVIDIAのAI GPU・次世代スーパーコンピューター・自動運転AIに搭載され、世界中のデータセンターで動き続けます。「エルピーダが守り続けた広島の地」が、世界のAIを文字通り「記憶」するという壮大な役割を担うことになります。

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