2026年8月27日、キオクシアとSandiskは2032年までに日本国内へ総額約5兆円(約310億ドル)を投資する計画を発表しました。その中核に位置づけられているのが、岩手県北上市の北上工場です。同日、第3製造棟(K3棟)の建設に向けた整備を開始することも明らかになりました。

北上工場では2025年9月30日に第2製造棟(K2棟)が稼働を開始し、CBA技術を採用した第8世代3次元フラッシュメモリ(218層)の生産が始まっています。本格出荷は2026年前半の予定です。

この記事では、北上工場の全体像を、5兆円投資の中身・K2棟とK3棟の違い・CBA技術の仕組み・経済産業省の支援・四日市工場との役割分担まで、公式発表をもとに整理します。

【この記事でわかること】
・キオクシア北上工場の基本情報とK1〜K3棟の関係
・2026年8月発表「2032年までに5兆円」投資の中身
・K3棟の建設計画と2029年度稼働という時間軸
・K2棟が2025年9月に稼働するまでの経緯と、遅らせた理由
・第8世代BiCS FLASH(218層)とCBA技術の仕組み
・経済産業省による助成の全体像
・四日市工場との役割分担

1. キオクシア北上工場とは

北上工場は、キオクシア岩手株式会社が運営する3次元フラッシュメモリの製造拠点です。所在地は岩手県北上市北工業団地5番29号。第1製造棟(K1棟)が2020年に稼働を開始しました。

項目内容
運営会社キオクシア岩手株式会社
所在地岩手県北上市北工業団地5番29号
生産品目3次元フラッシュメモリ「BiCS FLASH」
K1棟2020年稼働開始
K2棟2025年9月30日稼働開始
K3棟2029年度中の稼働開始を目指す(2026年8月に建設整備を開始)

キオクシアのNAND生産は、三重県の四日市工場と岩手県の北上工場の2拠点体制です。会社そのものの成り立ちや製品構成はキオクシアとは?NAND専業メーカーの実力で解説しています。

2. 【2026年8月】2032年までに国内5兆円投資

2026年8月27日、キオクシアとSandiskは2032年までに総額約5兆円(約310億ドル)を日本国内に投資する計画を発表しました。対象は北上工場と四日市工場の両拠点です。

なぜいま巨額投資なのか
キオクシアはK3棟のリリースで、フラッシュメモリ市場について「伸長著しい推論AIがけん引するエージェント型AI、フィジカルAI、オンデバイスAIなどの社会実装により、中長期的な拡大が見込まれます」と説明しています。生成AIの学習用途だけでなく、推論・エッジ側でのストレージ需要を見込んだ増産という位置づけです。

参考までに、DRAM側ではマイクロン広島工場に1.5兆円、SKハイニックスの宮城工場と、日本国内のメモリ投資が同時並行で進んでいます。メモリ価格の動向はDRAM価格高騰の原因と今後で扱っています。

3. K3棟──2029年度稼働を目指す第3の製造棟

2026年8月27日のリリースで、キオクシアは北上工場の新製造棟(K3棟)の建設に向けた土地などの整備を開始すると発表しました。

項目内容
建設地K2棟の南側の土地
稼働開始目標2029年度中
生産品目3次元フラッシュメモリ「BiCS FLASH」
前提条件政府からの支援を前提としています(公式リリースの記載)

注目すべきは「政府からの支援を前提としています」という一文が公式リリースに明記されている点です。5兆円という規模は民間単独では成立せず、国の補助とセットで初めて動く計画であることを、キオクシア自身が明示しています。

4. K2棟──稼働まで3年以上かけた製造棟

K3棟の前に、まずK2棟の経緯を押さえておくと、この工場の投資判断の考え方が見えてきます。

時期出来事
2022年4月K2棟 起工
2024年7月K2棟 建屋完成
2024年7月〜2025年9月メモリ市況を見て稼働を遅らせる
2025年9月30日K2棟 稼働開始
2026年前半本格出荷開始の予定

建屋が完成してから稼働まで1年以上あけています。メモリは市況の振れが極端に大きく、需要が戻らないうちに量産を立ち上げれば価格下落を自ら招きます。キオクシアはそれを避け、AI需要の立ち上がりを待ってから装置を動かしました。

K2棟の特徴として、公式リリースは次の点を挙げています。

  • CBA(CMOS directly Bonded to Array)技術を導入した第8世代3次元フラッシュメモリ製品(218層)の生産に対応
  • 地震の揺れを吸収する免震構造を採用
  • 最新の省エネ生産設備の導入など環境面も重視
  • 市場動向に合わせて設備投資を継続し、生産能力を段階的に上げていく

K2棟は最新世代(332層)の生産拠点でもある

K2棟を「第8世代の工場」とだけ捉えると実態を見誤ります。2026年7月3日、キオクシアは第10世代BiCS FLASHのサンプル出荷開始を発表しましたが、その公式リリースには「北上工場(岩手県北上市)第2製造棟の最新設備を活用して生産」と明記されています。

世代積層数主な特徴
第8世代218層CBA技術を本格採用。K2棟の立ち上げ品目
第9世代120層既存セル技術と最新CMOSを組み合わせ、書き込み性能を第6世代比61%向上。量産は2025年度中
第10世代332層CBAに加えOPS技術を採用。ビット密度59%向上、NANDインターフェース4.8Gb/秒(第8世代比33%向上)。K2棟で生産

ここで戸惑うのが「第9世代なのに120層」という点です。キオクシアの世代番号は積層数の順番ではありません。第9世代の512Gb TLC製品は、既存のセル技術に最新のCMOS技術をCBAで組み合わせた構成で、積層数を追わずにコストと性能のバランスを取った製品です。積層を伸ばす系統(第8世代218層→第10世代332層)と、コスト最適化の系統(第9世代120層)が並走していると理解すると筋が通ります。

第10世代では電力効率も改善しており、書き込み時18%、読み出し時30%の改善が公表されています。AIデータセンターではストレージの消費電力も無視できない規模になるため、この数字は実運用で効いてきます。

免震構造が明記されているのは、東日本大震災を経験した東北の拠点として当然の設計思想です。東北全体の半導体集積は東北の半導体企業・工場マップ、岩手県内の状況は岩手県の半導体産業で扱っています。

5. CBA技術とは──2枚のウェハを貼り合わせる

第8世代BiCS FLASHの中核がCBA(CMOS directly Bonded to Array)です。名前のとおり「CMOSをアレイに直接ボンディングする」構造を指します。

仕組み

キオクシアの技術解説によれば、CBAは次の手順で作られます。

  • CMOS周辺回路とセルアレイを、別々のSiウェハ上に形成する
  • それぞれの表面にCu bonding padを形成する
  • Cu direct bondingプロセスでCMOSとセルアレイの表面同士を貼り合わせる
  • Cu bonding pad間が電気的に接続され、3次元フラッシュメモリが完成する

これはハイブリッドボンディングと同じ系譜の技術です。先端パッケージングで使われるCu-Cu直接接合が、メモリの内部構造そのものに持ち込まれています。

従来のCUAと何が違うか

従来はCUA(CMOS under Array)──1枚のウェハ上にCMOSを作り、その上に連続してセルアレイを積む構造が主流でした。CBAにすると3つの制約が外れます。

課題CUA(従来)CBA(第8世代)
CMOSとアレイの接続HARC(high aspect ratio contact)が必要HARCが不要
配線材料高アスペクト比の制約で選択肢が限られる電気抵抗が低いCuを使える
プロセス温度CMOS形成後にアレイを作るため、CMOSが耐えられる温度に縛られるCMOSとセルアレイそれぞれに最適な温度を使える

「別々に作って、あとで貼り合わせる」という発想の転換によって、互いの制約から解放されたわけです。

第8世代の性能

  • ワード線を218層積層
  • メモリ密度18.3Gb/mm²
  • NAND I/O速度3.2Gbps以上(前世代比60%増)
  • 書き込み性能20%改善、読み出しレイテンシも改善

NANDの積層構造やSLC/TLC/QLCの違いなど、技術そのものの基礎はNANDフラッシュ完全解説にまとめています。

6. 経済産業省の支援

北上・四日市への助成は複数の案件が積み重なっています。

時期内容金額
先行案件四日市工場での生産体制整備最大929億円
2024年2月四日市・北上での第8世代3D NAND生産能力強化、第9世代の生産基盤構築(総投資約4,500億円)最大1,500億円
合計約2,429億円

2024年2月に認定された計画に基づく助成金の一部が、北上工場K2棟の設備投資に充てられています。そしてK3棟についても、前述のとおり政府支援が前提と明記されています。

同様の構図は他拠点にもあり、マイクロン広島工場には経産省が最大5,360億円の補助を決定、熊本のTSMC(JASM)にも大規模な支援が入っています(熊本のTSMC工場)。

7. 四日市工場との役割分担

キオクシアのNAND生産は2拠点体制です。

四日市工場(三重県)北上工場(岩手県)
位置づけ最大拠点・新技術の立ち上げ量産能力の拡張
製造棟複数のFab(Y6・Y7など)K1棟・K2棟(K3棟を計画中)
第9世代生産基盤を構築―
Sandiskとの関係合弁会社を2034年12月まで運営することが定められている共同投資

四日市が新世代の立ち上げを担い、北上が量産能力を積み増す──という分担です。5兆円の投資計画は、この2拠点を一体で見た数字になります。四日市工場の規模・Y7棟・世代ロードマップはキオクシア四日市工場の全貌で解説しています。

8. 今後のスケジュール

時期マイルストーン
2025年9月30日K2棟 稼働開始(実績)
2026年8月27日5兆円投資計画・K3棟建設整備の開始を発表(実績)
2026年前半K2棟の製品が本格出荷開始
2026〜2029年K3棟の建設・設備搬入
2029年度中K3棟稼働開始を目指す
2032年5兆円投資計画の完了目標

まとめ:北上は「市況を見て動かす」拠点

キオクシア北上工場を一言で表すなら、需要が確かになってから動かす、慎重な量産拠点です。K2棟は建屋完成から1年以上あけて稼働させました。メモリ業界で繰り返されてきた「増産競争が価格暴落を呼ぶ」という失敗を避ける判断です。

その北上に、いまK3棟という次の一手が据えられました。2029年度稼働という時間軸は、AI向けストレージ需要が一過性ではないという読みを示しています。ただしキオクシア自身が「政府からの支援を前提としています」と明記しているとおり、この計画は国の政策と一体です。K3棟が予定どおり動くかどうかは、技術や市況だけでなく、支援の枠組みが継続するかにも左右されます。

関連記事:NANDフラッシュ完全解説|ハイブリッドボンディング完全解説|マイクロン広島工場の全貌|東北の半導体企業・工場マップ

【参考・引用元】

  • キオクシア「北上工場 新製造棟(K3棟)の建設について」(2026年8月27日)https://www.kioxia.com/ja-jp/about/news/2026/20260827-2.html──K2棟の南側に建設、2029年度中の稼働開始を目指すこと、BiCS FLASHの生産、政府からの支援を前提としていること、市場拡大の背景
  • キオクシア「AI需要に対応する北上工場第2製造棟の稼働開始について」(2025年9月30日)https://www.kioxia.com/ja-jp/about/news/2025/20250930-1.html──CBA技術を導入した第8世代3次元フラッシュメモリ製品(218層)への対応、免震構造、最新の省エネ生産設備、2026年前半の本格出荷
  • キオクシア「北上工場(キオクシア岩手株式会社)」https://www.kioxia.com/ja-jp/about/kitakami.html──運営会社、所在地(岩手県北上市北工業団地5番29号)、K1棟2020年稼働・K2棟2025年9月稼働
  • キオクシア「高性能、大容量、低消費電力を実現した第10世代BiCS FLASH™のサンプル出荷を開始」(2026年7月3日)https://www.kioxia.com/ja-jp/about/news/2026/20260703-1.html──332層・1Tb TLC、ビット密度59%向上、NANDインターフェース4.8Gb/秒(第8世代比33%向上)、書き込み時18%・読み出し時30%の電力効率改善、CBAとOPS技術、北上工場第2製造棟の最新設備を活用して生産
  • キオクシア「第9世代BiCS FLASH™ 512Gb TLC製品のサンプル出荷について」(2025年7月25日)https://www.kioxia.com/ja-jp/about/news/2025/20250725-1.html──120層、書き込み性能61%向上・読み出し12%向上、Toggle DDR6.0、量産は2025年度中
  • キオクシア「3次元フラッシュメモリ向けCMOS directly Bonded to Array技術」https://www.kioxia.com/ja-jp/rd/technology/topics/topics-64.html──CBAの構造とCu direct bonding、CUAと比較したHARC不要・低抵抗Cu・プロセス温度の最適化
  • キオクシア「BiCS FLASH™ 第8世代適用新技術の紹介」https://www.kioxia.com/ja-jp/rd/technology/topics/topics-66.html──218層、メモリ密度18.3Gb/mm²、NAND I/O 3.2Gbps以上(前世代比60%増)、書き込み性能20%改善
  • EE Times Japan「キオクシアとSandisk、日本に5兆円投資 北上に新棟建設」(2026年8月27日)https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2608/27/news095.html──2032年までに5兆円(約310億ドル)、北上・四日市が対象、K3棟2029年度、四日市の合弁会社を2034年12月まで運営
  • EE Times Japan「経産省、キオクシア四日市/北上工場の設備投資に2429億円助成」(2024年2月6日)https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2402/06/news172.html──最大1,500億円(総投資約4,500億円)と先行案件929億円の合計