半導体チップの製造工程には数百のステップがあるが、その中で最もコストがかかり、最も技術的難易度が高い工程が「露光(リソグラフィ)」だ。そしてこの工程に使われる露光機の市場で、ASML(エーエスエムエル)という1社がほぼ独占的な地位を築いている。

EUV(極紫外線)露光機に限れば、世界で製造・販売できるのはASML1社のみ。価格は1台200億円以上。高い順に2nm世代の量産を支えるLow-NA EUV、そして2025年から量産出荷が始まったHigh-NA EUV(1台約530億円)まで、ASMLは半導体微細化ロードマップそのものを握っている。

本記事では、露光機の基本的な仕組みから世代ごとの比較、ASMLが独占に至った歴史的経緯、ニコン・キヤノンとの差の実態、そして2026年7月時点の最新状況まで、一記事で完全解説する。

露光機(リソグラフィ装置)とは何か──半導体製造の「縮小印刷」工程

半導体チップを作るとは、シリコンウェハの上に極めて微細な回路パターンを「描く」ことだ。この「描く」工程を担うのが露光機(フォトリソグラフィ装置)だ。

プロセスを简単に説明すると次の通りだ。

  1. ウェハの表面に光に反応する材料(フォトレジスト)を塗布する
  2. 回路パターンが刻まれた「マスク(フォトマスク)」に光を当て、その影をレンズで縮小しながらウェハに投影する
  3. 光が当たった部分と当たらなかった部分でレジストの性質が変化し、その後のエッチング工程で不要部分を除去することで回路パターンが形成される

要は「縮小版の印刷機」だ。ただし縮小率が異なる。露光機はマスクのパターンを1/4〜1/5に縮小してウェハに焼き付ける。そのため、わずか数ナノメートル(1nmは10億分の1メートル)の線幅のパターンを正確に描く必要がある。

解像度を決める式──なぜ「光を細くする」のが難しいか

露光機の解像度(描ける最小線幅)は以下の式で決まる。

R = k₁ × λ / NA

Rが解像度(小さいほど微細)、λが光の波長、NAが数値開口(レンズの集光能力)だ。より微細なパターンを描くには、λを小さく(波長を短く)するか、NAを大きくするしかない。この2軸の追求が露光機の技術進化そのものだ。

露光機の世代変遷──i線からHigh-NA EUVまで

半導体産業の微細化は、露光に使う光の波長を短くすることで実現してきた。

世代光源波長NA解像度目安価格目安(1台)主な用途ノード
i線水銀ランプ365nm〜0.60.35μm以上5億円〜350nm〜
KrFKrFエキシマレーザー248nm〜0.8180nm以上10億円〜250nm〜130nm
ArF(ドライ)ArFエキシマレーザー193nm〜0.85130nm以上20億円〜130nm〜90nm
ArF液浸ArFエキシマレーザー+水193nm(実効134nm相当)最大1.3538nm(単体)/9.5nm(SAQP)60億円〜65nm〜最先端補助
EUV(Low-NA)LPP方式・スズプラズマ13.5nm0.3313nm以下200億円〜7nm〜2nm世代
EUV(High-NA)LPP方式・スズプラズマ13.5nm0.558nm以下530億円〜2nm以降・次世代DRAM

ArF液浸がいまだ現役の理由──マルチパターニングという技術的妥協

興味深いのは、波長193nmというArF液浸世代がいまだ最先端ラインで使われていることだ。波長的には「古い」はずなのに、なぜ現役でいられるのか。

答えは「マルチパターニング(多重露光)」という手法にある。同じウェハを角度・位相を変えながら複数回露光し、1回では描けないほど細いパターンを重ね合わせで実現する技術だ。

  • SADP(スペーサーパターニング×2):1回の露光の半分のピッチを実現→38nm→19nm
  • SAQP(スペーサーパターニング×4):さらに細分化→9.5nm相当も可能

ただし露光回数が増えるほど製造時間・コスト・位置ずれ(重ね合わせ誤差)のリスクも増大する。TSMCがN2(2nm世代)でEUVに大量投入しているのは、1回のEUV露光でマルチパターニング数回分を代替できるからだ。

最新のArF液浸機であるASML「NXT:2150i」は、スループット310枚/時以上、重ね合わせ精度(MMO)1.0nm以下という性能を持ち、EUVが届かない旧世代ノードや補助露光として依然として需要がある。

ASMLはなぜEUVを独占できたのか──5つの構造的要因

「なぜASMLだけがEUVを作れるのか」という問いの答えは、一言で言えば「30年かけて作り上げた技術・資本・人脈の複合的ロック」だ。

① TWINSCANの発明でシェアを逆転(2002年)

1990年代初頭、露光機市場はニコンとキヤノンが約70〜75%のシェアを持ち、ASMLは後発の弱小企業だった。逆転のきっかけは2002年の「TWINSCAN」投入だ。

TWINSCANはウェハステージを2つ持つ「デュアルステージ」方式だ。1つのステージでウェハを露光している間、もう1つのステージで次のウェハの位置合わせを並行して行う。これでスループットが大幅に向上し、コスト競争力が跳ね上がった。ニコン・キヤノンがシングルステージに固執する間、ASMLは生産性で圧倒し市場シェアを逆転した。

② SVG買収によるEUVの知的財産独占(2001年)

ASMLは2001年に米国企業Silicon Valley Group(SVG)を買収した。この買収が決定的だった。SVGはEUV-LLC(米エネルギー省主導の産学共同開発体)のメンバーであり、EUV技術の根幹に関わる特許群を保有していた。ASMLがSVGを手に入れることで、EUVの知的財産の大部分がASML傘下に入ったのだ。

ニコンはこの買収に強く反発し、欧州委員会への競争法的申立てを検討したほどだ。しかし買収は成立し、ニコンのEUV開発は事実上の知財ゲートに阻まれることになった。

③「三銃士プロジェクト」──顧客自身がASMLに投資(2012年)

EUV開発は2000年代後半に技術的・資金的限界に直面した。光源(スズプラズマ)の出力が弱く、量産に必要なスループットに届かないという問題だ。

ここで異例の策が取られた。Intel・Samsung・TSMCの3社が合計約14億ユーロ(ASMLの株式合計約23%)をASMLに直接出資し、EUV開発を資金面で支援したのだ。2012年に実施されたこの「Musketeer Project(三銃士プロジェクト)」で、ASMLはEUV完成に必要な最後のリソースを得た。

顧客が競合に対する参入障壁を自ら作った形でもある。Intel・Samsung・TSMCがASMLの株主になった時点で、これら3社が代替サプライヤーを育成するインセンティブは大幅に薄れた。

④ Carl Zeiss SMTとの排他的関係(光学系の独占)

EUVの光学系(反射ミラー・投影レンズ系)は、カールツァイスの半導体機器部門「Carl Zeiss SMT」が製造している。EUVミラーは多層薄膜(Mo/Si層を約40ペア積層、各層3〜4nm)で構成され、反射率は理論最大でも約70%しかない。

このミラーを製造できるのが事実上、カールツァイスSMT以外に存在しない。ASMLは2016年にカールツァイスSMTへ1億ユーロを投資し、株式の24.9%を取得することで関係を排他的に深化させた。後発企業がEUV露光機を作ろうとしても、肝心の光学系が調達できないという構造になっている。

⑤ 10万点以上の部品・800社サプライチェーンの複雑さ

EUV露光機1台の部品点数は10万点以上(一部報道では30万点とも)、サプライヤーは世界800社超にのぼる。輸送には数百コンテナと複数のボーイング747チャーター便が必要だ。

これは単なる規模の問題ではなく、参入障壁そのものだ。後発企業がゼロからこのサプライチェーンを構築しようとすると、10〜15年規模のR&D投資が必要と見積もられている。現時点で中国のSMEEをはじめとする後発メーカーがEUV実用化に遠い最大の理由がここにある。

ニコン・キヤノンはなぜ差がついたのか

2024年の3社合計出荷台数(683台)の内訳は、ASML 61.2%・キヤノン 34.1%・ニコン 4.7%だ。EUV(最先端)に限れば100%ASMLの独占で、両社はゼロだ。

企業全体シェア(2024年)EUVArF液浸i線
ASML61.2%100%約93%中程度
キヤノン34.1%0%0%74.6%(強い)
ニコン4.7%0%約6〜7%

ニコン──垂直統合戦略の罠

ニコンの敗因は、光学系を自社製造にこだわる「垂直統合」戦略にある。ニコンは優れた光学技術を持つが、TWINSCANに代表されるASMLの「外部サプライヤーを組み合わせた水平分業」モデルに比べて開発スピードとコスト競争力で劣後した。

ニコンは2007年にEUVフルフィールド試作機を完成させていたが、量産機の開発費用・光源調達の困難さに直面し事実上撤退。現在はArF液浸に特化し、2028年度(2028年4月〜2029年3月)に新プラットフォーム投入を計画しているが、シェア回復は限定的とみられる。

キヤノン──i線の王者、ナノインプリントで再挑戦

キヤノンはi線ステッパー分野で依然として圧倒的な強さを持つ(2024年74.6%シェア)。先端露光機からは早い段階で撤退し、成熟した旧世代市場に特化したことで安定した台数を維持している。

再挑戦の切り札として開発しているのが「ナノインプリントリソグラフィ(NIL)」だ。光を使わず、型(モールド)でレジストを押し型取りする方式で、原理的にはサブ10nmのパターンも可能だ。しかしスループット・欠陥密度・マスク耐久性など量産適用への課題が大きく、2026年時点での主流採用には至っていない。

2026年の最新状況──High-NA EUV時代が実質的に始まった

ASMLは2026年7月15日のQ2決算で、歴史的な事実を確認した。Intelが「High-NA EUV(EXE:5200B)」を使った世界初の量産ロジックチップを出荷したのだ。

EXE:5200BはNA=0.55の新世代露光機で、2025年4月にIntelのオレゴン州ファブへ世界初出荷された(1台約3.5億ドル=530億円)。2025年12月に受入試験を完了し、2026年7月に量産チップ出荷に至った。これがIntel 14A(コードネーム:Panther Lake)プロセスの実現に向けた重要な一歩だ。

High-NA EUVの詳細は別記事(High-NA EUV完全解説2026)で詳述しているが、4社の対応の違いが鮮明だ。

  • Intel:2025年4月初出荷→2026年7月量産チップ出荷(世界初)
  • SK Hynix:2025年9月、メモリ向け世界初採用(M16ファブ)
  • Samsung:2台購入(計約7.73億ドル)、SF2プロセス向け
  • TSMC:R&D機のみ・A14では不採用・2029年以降に先送り

ASML 2026年の財務状況

ASML 2026年Q2の売上高は93億ユーロ、粗利率54%でともに過去最高水準を更新した。2026年通期ガイダンスは430〜450億ユーロ(年初比100億ユーロ以上の上方修正)。2025年通期の327億ユーロからさらに約35%成長する見通しだ。

受注残は388億ユーロ(2025年末時点)で、2027年末まで生産枠は実質的に埋まっている。AIデータセンター向けのHBM・先端ロジックチップ需要が爆発的に拡大しており、ASMLはその「唯一の入り口」として恩恵を受け続けている。

中国輸出規制の影響

一方でリスク要因は対中輸出規制だ。2023年9月にArF液浸の上位機種(NXT:2000i〜2100i)が規制対象となり、中国向け売上比率は2024年の36%から2025年の約20%へ急落した。MATCH法(米国主導のDUV追加規制法案)が議会審議中であり、今後さらに規制が強化される可能性がある。

ただし欧州・韓国・台湾・日本向けの需要がその分以上を補填しており、2026年の業績は過去最高ペースだ。

まとめ──露光機はAI時代の「インフラのインフラ」

露光機(リソグラフィ装置)は、半導体製造における最重要装置だ。製造コスト全体の30〜40%を占め、チップの性能と製造コストを直接決定する。

ASMLが独占的な地位を持つのは、一朝一夕ではなく30年以上の技術蓄積・M&A・顧客との共同投資によって作り上げた複合的な参入障壁の産物だ。

  • i線〜ArF液浸:TWINSCANで市場逆転、水平分業モデルで効率を最大化
  • EUV(Low-NA):SVG買収・Musketeer Project・Carl Zeiss SMTとの独占関係で唯一の供給者に
  • EUV(High-NA):2025〜2026年から量産開始。Intel・Samsung・SK Hynixが採用、TSMCは2029年以降
  • 次世代(Hyper-NA):NA=0.75、2030年代以降を目標に研究開発中

AIチップ・HBM・次世代ロジックのすべてが高性能露光機なしには作れない時代に、ASMLの重要性はさらに高まっている。半導体産業を理解するうえで、ASMLとその技術の変遷を把握することは不可欠だ。

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参考資料

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