2024年、ASMLの中国向け売上比率は36%に達した。しかし2026年Q1には19%まで急落している。わずか2年でほぼ半減だ。

この急落は偶発的ではない。EUVは2019年から、DUV液浸は2023年9月から、計測・検査装置は2025年1月からと、段階的に強化されてきた輸出規制の累積効果だ。米国主導・オランダ政府実施という構造の中で、ASML1社が「半導体技術封じ込め」の最前線に立たされてきた。

本記事では規制の時系列・各機種への影響・中国側の対応・EUV遠隔監視システムの実態・MATCH法などの追加規制リスクを体系的に解説する。

規制の全体マップと時系列

時期規制内容主体
2019年(実質的な開始)EUV露光機(NXE系)の中国向け輸出ライセンスをオランダ政府が不承認オランダ政府
2022年末〜2023年初中国ファブが規制前に大量のDUV(NXT:2000i系)を駆け込み発注—(市場反応)
2023年9月1日DUV液浸露光機(NXT:2000i・2050i・2100i)の新規輸出ライセンス取得義務化オランダ政府
2024年1月NXT:2000iの対中出荷を完全遮断(既存ライセンスも失効)オランダ政府
2025年1月15日計測・検査装置も新規輸出ライセンスが必要に拡大オランダ政府
2026年(審議中)MATCH法(DUV追加規制強化法案)が米下院外交委員会を通過米国議会

規制の構造的特徴は「段階的拡大」だ。EUVを禁じ、次にDUV液浸上位機種を禁じ、その次に計測装置を禁じる。各ステップごとに中国側が抜け穴を探し、それを塞ぐという繰り返しが続いている。

EUV禁輸の起源──2019年から始まった「見えない規制」

ASMLのEUV露光機が中国に出荷されたことは一度もない。規制の始まりは2019年だ。

当時、ASMLは中国のSMIC(中芯国際集成電路製造)にEUV露光機を1台販売しようとしていた。しかしオランダ政府が輸出ライセンスの承認を保留し続け、事実上の禁輸状態が始まった。正式な輸出禁止令ではなく「ライセンスを出さない」という行政的な手法を取ったことが特徴だ。

この決定の背景には米国の圧力があったとされる。2018年から激化した米中貿易摩擦の中で、バイデン政権の前身となるトランプ政権がオランダ政府に対してEUV禁輸を働きかけていたことが後に明らかになっている。EUVはTSMCが7nm以降の製造で主力として使い始めた時期であり、中国がこれを手にすれば先端半導体の独自開発が一気に加速するという懸念があった。

DUV液浸規制(2023年9月)──対象機種を詳細に理解する

2023年9月1日に発効したDUV規制の対象機種を正確に把握しておくことが重要だ。「DUV全機種が規制された」という誤解が多いが、実際は上位機種に限られている。

機種種別規制状況対応できるノード
NXT:2100iArF液浸(最新世代)規制対象(2023年9月〜)最先端(マルチパターニングで5nm以下相当)
NXT:2050iArF液浸規制対象(2023年9月〜)7〜14nm世代
NXT:2000iArF液浸規制対象+既存ライセンス失効(2024年1月〜)14〜28nm世代
NXT:1980iArF液浸(旧世代)現時点で規制対象外28nm以上
XT:400G等(KrF系)KrF(248nm)現時点で規制対象外65nm以上
i線ステッパー系i線(365nm)規制対象外350nm以上

つまり中国は現在もNXT:1980i・KrF・i線系の露光機は調達できる。SMICや華虹半導体が28nmや成熟プロセス向け生産を続けられるのはこのためだ。ただし、AIチップ・高性能メモリ・先端ロジックに必要な28nm以下のノードへの挑戦は、現行の規制下では大幅に制限されている。

駆け込み需要が生んだ「中国売上49%」という異常値

規制が段階的に強化されるたびに、中国のファブが「次に規制される前に調達しておく」という駆け込み需要が発生する。これが中国売上比率の乱高下の原因だ。

時期中国向け売上比率背景
2021年約15%EUV禁輸のみ。DUVは自由に購入可能
2022年約15%安定期
2023年約29%DUV規制前の大量駆け込み発注分が納入
2024年Q2(ピーク)約47〜49%DUV液浸の滑り込み発注がピーク。総売上の半分近くが中国向けという異常値
2024年通年36%Q2ピーク後に急落。年平均では36%
2025年通年約20%規制強化の効果が完全に出る
2026年Q119%さらに低下。「正常化」した水準
2026年通年(見込み)約20%現行規制水準での安定域

2024年Q2に49%近くまで跳ね上がった理由は、ASMLがすでに受注していたNXT:2000i系の駆け込み発注の納入が集中したためだ。2023年9月の規制発効前に大量の発注を積み上げていた中国顧客への納入が、2024年Q2にピークを迎えた。その後、新規受注が規制で遮断されたため、2025年以降は急速に正常化している。

この「駆け込み→規制→正常化」のパターンは今後も繰り返しうる。追加規制が予告されるたびに、中国ファブは規制対象外の機種(現在はNXT:1980i等)を大量発注するという動きが起きる可能性がある。

中国の対応──旧型DUVで延命しながら自主開発を急ぐ

SMIC・華虹半導体の現状

中国最大のファウンドリSMICと华虹半導体(華虹グループ)は、現行の規制下で製造を継続している。主力は28nmノードで、旧世代DUV(NXT:1980i・XT:400G系)を駆使したマルチパターニングで14nmへの挑戦も行われているとされるが、歩留まりと量産性に課題がある。

AI半導体・先端ロジックに必要な7nm以下のノードは、EUVがなければArF液浸マルチパターニング(SAQP等)での対応が必要だが、NXT:2000i系が使えない状況では現実的に困難だ。HuaweiのKirin 9000SがSMICの7nmプロセスで製造されたとされるが、歩留まりが低く量産コストが高いのが実態だ。

SMEEの自主開発──現状と課題

中国国産露光機最大手のSMEE(上海微電子装備:シャンハイ・マイクロエレクトロニクス・エクイップメント)が国産化を進めているが、ASMLとの技術差は依然として大きい。

項目SMEE(中国)ASML(オランダ)
最先端機種(2025年時点)SSA600-10W(28nmクラスとされる)NXE:3800E(EUV、3nm以下対応)
量産実績限定的(テスト段階との情報が多い)世界の先端ファブ全てに供給
EUV機プロトタイプ開発報告あり(2025年12月)量産中(2019年〜)
推定技術差10〜15年遅れ(業界推計)

2025年12月には元ASML技術者が関与する中国企業がEUVプロトタイプを開発したとの報告が出たが、プロトタイプと量産機の間には量産スループット・歩留まり・光学系精度・サポート体制など多くの壁がある。Carl Zeiss SMT級の光学系・Trumpf級の光源・Cymer級の光源ユニットを揃えることは、特許問題以前にサプライチェーンの問題として中国には困難だ。

EUV遠隔監視システム──「流出疑惑」へのASMLの回答

「ASMLのEUV露光機が中国に密輸・転売されたのではないか」という疑惑が業界で話題になることがある。これに対してASMLは明確な対策を取っており、公式に発表している。

ASMLは世界中に出荷したEUV露光機全機(314台以上)に遠隔監視・制御システムを組み込んでいる。このシステムにより:

  • 各装置の稼働状況・設置場所をリアルタイムで把握できる
  • 不正な移転・転売が疑われる場合、遠隔操作で装置を無効化できる
  • 輸出規制違反の利用を技術的に防止する仕組みがある

ASMLの対中輸出規制違反への警戒は、企業倫理の問題だけでなく、オランダ政府・米国政府との契約上の義務でもある。EUV装置の不正転売が発覚すれば、ASMLは輸出ライセンスを全て失うリスクがあるため、監視体制への投資は合理的だ。

MATCH法と今後の規制強化シナリオ

規制はここで止まらない可能性がある。米国議会では追加規制強化法案が審議されており、2026年7月時点でMATCH法(DUV規制強化に関連する法案)が下院外交委員会を通過している。

今後の規制強化シナリオとして考えられる主な選択肢を整理する。

追加規制シナリオ対象影響
NXT:1980i等の旧世代DUVを規制対象に追加現在規制外のArF液浸旧機種SMICの28nm製造能力に直撃
KrFやi線装置も対象拡大成熟プロセス向けDUV全機種中国の半導体産業全体に打撃
アフターサービス・部品供給の禁止既設置済みの中国保有装置既存設備の稼働継続が困難に
米国のASML関連会社(Cymer)へのEAR強化光源ユニット・交換部品既存EUV以外のDUVにも影響

特に「既設置済み装置へのアフターサービス・部品供給制限」は、中国が駆け込み調達した大量のDUV装置の稼働継続を困難にする強力な手段だ。ただしこれはASMLの中国既存顧客との契約問題にもなるため、実施に向けたハードルは高い。

ASMLへの影響──中国売上減少を欧米・韓国・日本が補填

中国売上が36%から20%まで落ちたにもかかわらず、ASMLの業績は過去最高水準が続いている。2025年売上は327億ユーロ(前年比+31%)、2026年通期ガイダンスは430〜450億ユーロだ。なぜか。

答えはAIデータセンター需要の爆発的拡大にある。NVIDIAのGPU・TSMCのCoWoS(先端パッケージング)・SK HynixのHBM製造にはEUV・ArF液浸のフル稼働が必要で、台湾・韓国・米国・日本からの受注が中国分を補って余りある状態になっている。

地域2024年売上比率2026年Q1売上比率
中国36%19%
韓国(Samsung・SK Hynix)17%前後増加傾向
台湾(TSMC)34%前後増加傾向
米国(Intel・Micron)10%前後増加傾向
その他(日本・欧州含む)残り増加傾向

受注残388億ユーロ(2025年末時点)は2027年末まで埋まっているとも言われる。中国向けが規制で消えても、AI需要がその分を複数倍で埋め合わせている構造だ。

まとめ──輸出規制は「段階的締め付け」を続ける

ASML対中輸出規制を整理すると、以下の構造が見えてくる。

  • 2019年:EUV禁輸でトップ世代(7nm以下)の能力獲得を阻止
  • 2023年9月:DUV液浸上位機種規制で14〜28nmへの本格投資を制限
  • 2025年1月:計測・検査装置規制で品質管理能力の向上も制約
  • 今後(MATCH法等):旧世代DUVや部品・サービスへの規制拡大が検討中

中国側は旧型DUVで製造継続しながらSMEEを中心に自主開発を急いでいるが、技術差(10〜15年とも推定)を短期間に埋めることは困難だ。光学系を供給できるCarl Zeiss SMT級の企業・光源レーザーを供給できるTrumpf級の企業がない中で、EUV自主開発は「装置を作る装置」レベルから整備が必要という状況にある。

ASMLにとっては、中国売上36%という高依存から20%前後への正常化が進む一方で、MATCH法などの追加規制強化が今後も続く可能性が業績見通しの不確実要因として残る。ただし当面はAI・HBM需要が補填を大幅に上回るため、業績への深刻な影響は限定的と見られている。

関連記事

参考資料

ABOUT ME
semi-connect編集室
半導体業界の技術・企業・市場動向を発信するブログ「semi-connect.net」の管理人。半導体プロセス・前工程・後工程からエレクトロニクス企業の財務分析まで、業界の基礎から最新情報をわかりやすく解説します。