キヤノンが27年に露光装置生産を最大2倍へ──計画の要点

キヤノンは2027年に半導体製造用露光装置の生産台数を前年比最大2倍に引き上げる計画を明らかにした(時事通信(Yahoo!ニュース))。2026年の生産見込みは227台。2027年は340〜450台規模を計画しており、2025年に完成した宇都宮市の新工場がその生産基盤を担う。

キヤノンの武石洋明専務は「台湾・韓国・中国だけでなく世界中で投資計画が動いている」と説明し、この旺盛な需要が2028年まで続く可能性に言及した。AI半導体の需要拡大を起点に、メモリやパワー半導体の設備投資が世界規模で膨らんでいることが増産判断の背景にある。

露光装置は半導体ウエハー上に回路パターンを転写する装置であり、半導体工場の心臓部ともいえる工程を担う。キヤノンはi線(波長365nm)露光装置でトップシェアを持ち、最先端のEUV(極端紫外線)露光装置を独占するオランダのASMLとは異なる市場を主戦場としてきた。今回の増産計画は、その「成熟ノード向け露光装置」に対する需要がいかに大きいかを端的に物語っている。

数字で見る現状──i線トップシェアと生産台数の伸び

生産台数の計画

年生産台数(見込み)前年比備考
2026年227台─現行体制での生産
2027年340〜450台約1.5〜2.0倍宇都宮新工場を活用

2027年の生産台数は最小で340台、最大で450台とレンジが広い。実際の着地は顧客の設備投資スケジュールや、部品サプライチェーンの供給能力に左右されるとみられる。340台でも前年比約1.5倍であり、いずれにしても大幅な増産となる。

キヤノンの露光装置事業は「産業機器」セグメントに含まれ、カメラやプリンターに次ぐ成長の柱と位置づけられている。i線露光装置でトップシェアを持つことは、成熟ノード半導体の製造現場でキヤノンの装置が標準的に選ばれていることを意味する。i線のほかにKrF(波長248nm)露光装置でも一定のシェアを確保しており、成熟〜中間ノードのリソグラフィ市場で幅広い製品ラインナップを展開している。

なぜ今、増産なのか──AI半導体がメモリ・パワー半導体の投資を押し上げる構造

AI向けGPUやアクセラレーターの出荷急増は、最先端チップの製造だけにとどまらず、半導体サプライチェーン全体の設備投資を押し上げている。代表的な波及先がメモリとパワー半導体である。

メモリ分野では、AIサーバーに搭載されるHBM(High Bandwidth Memory)の需要が急拡大し、DRAMの製造キャパシティ拡大が各社で進む。3D NANDも積層数の増加に伴い、1枚のウエハーあたりに必要な露光回数が増え続けている。しかし、メモリの製造で使われる露光装置がすべてEUVというわけではない。多くの層ではi線やKrF、ArFの露光装置が使われており、積層数の増加は成熟世代の露光装置の需要増に直結する。

パワー半導体は回路線幅が数百nm〜数μmと広いため、i線露光装置の主要市場にあたる。電気自動車(EV)やデータセンターの電力変換に使われるSiC(炭化ケイ素)・GaN(窒化ガリウム)デバイスの量産投資が世界各地で進行中であり、これがキヤノンの受注増につながっているとみられる。

半導体業界全体の設備投資動向は半導体の設備投資2026でも整理している。メモリ・ロジック各社がどの程度の投資を計画しているかを把握すると、キヤノンの増産規模の妥当性を判断しやすくなる。

競合との位置づけ──キヤノンとASMLの棲み分け

露光装置の世界市場では、ASMLがEUV露光装置を独占し、ArF液浸でも圧倒的なシェアを握る。一方、キヤノンはi線でトップシェアを持ち、KrFでも存在感を維持する。日本のニコンはKrF・ArF液浸で競合するものの、i線分野ではキヤノンが優位に立つ。以下の比較表で両社の棲み分けを整理する。

項目キヤノンASML
主力波長i線(365nm)・KrF(248nm)EUV(13.5nm)・ArF液浸(193nm)
主な対象ノード成熟ノード(数百nm〜数μm中心)先端ノード〜中間ノード
主な用途パワー半導体、アナログIC、MEMS、メモリ一部工程最先端ロジック(TSMC・Samsung・Intelなど)、先端メモリ
i線シェアトップ参入なし
EUVシェア参入なし独占
装置単価の傾向相対的に低価格帯EUVは桁違いに高額

両社の関係は「直接競合」というよりも「対象プロセスノードと顧客層による棲み分け」の構図に近い。ASMLの最先端EUV装置が手がけるのは微細化の限界を追う先端ロジック・先端メモリだが、キヤノンの主力装置が支えるのは自動車、産業機器、電力インフラなどに使われる成熟ノードの半導体である。

半導体市場全体で見ると、ウエハー出荷枚数の過半は成熟ノードが占めるとみられる。最先端チップが技術革新の象徴であることは確かだが、数量ベースで半導体産業を下支えしているのは成熟ノードの製品群だ。その製造現場においてキヤノンのi線・KrF露光装置は欠かせない存在であり、今回の大幅増産はこうした構造を反映している。

ASMLの技術体系やサプライチェーンの詳細はASML露光機完全ガイド2026で解説している。EUVの最新世代であるHigh-NA EUVの動向についてはHigh-NA EUV(EXE:5200B)完全解説2026を参照してほしい。

半導体サプライチェーンへの影響

露光装置の工程上の役割

半導体製造工程における露光(リソグラフィ)は、ウエハー上に回路パターンを転写する中核工程である。基本的な流れは以下のとおりだ。

  1. ウエハー表面にフォトレジスト(感光性樹脂)を塗布する
  2. フォトマスク(回路パターンの原版)を通して光を照射し、レジストにパターンを転写する
  3. 露光後のレジストを現像し、不要部分を除去する
  4. 残ったレジストをマスクとしてエッチングや不純物注入を行い、回路構造を形成する

使用する光の波長が短いほど微細なパターンを描画できる。i線(365nm)→KrF(248nm)→ArF(193nm)→ArF液浸→EUV(13.5nm)と世代が進むにつれて波長は短くなり、装置の構造も複雑化し、価格も大きく上昇する。キヤノンが手がけるi線・KrFの領域は微細化の最前線からは距離があるものの、出荷台数ベースでは大きな市場を構成している。

部品・材料メーカーへの波及

露光装置はレンズ、ミラー、光源ユニット、ウエハーステージ、アライメント機構など多数の精密部品で構成される。キヤノンが生産を最大2倍に増やすには、これら部品の供給能力拡大が前提条件となる。光学部品メーカーや精密駆動機構メーカーには増産対応が求められ、部品メーカーのキャパシティがボトルネックになる可能性も否定できない。

また、i線露光装置の出荷増加は、フォトレジストやフォトマスク(レチクル)のメーカーにとっても需要増の要因となりうる。成熟ノード向けレジストは先端EUV向けほど技術的ハードルが高くないものの、消耗品としての数量面での影響は大きい。装置が増えればレジストの消費量も比例して増える構造である。

顧客側の動き──世界各地で進むファブ投資

武石専務の発言にあるとおり、設備投資計画は台湾・韓国・中国にとどまらず世界各地に広がっている。日本でも複数の半導体工場新設プロジェクトが進行中であり、欧米でも半導体サプライチェーンの国内回帰を目指す政策のもとでファブ建設が相次ぐ。これらの新設・増設ファブにはi線・KrFの露光装置が多数導入されるとみられ、キヤノンの増産計画はこうしたグローバルな需要見通しを織り込んだものだ。

さらに、既存工場の生産能力拡張や装置のリプレースも需要の一角を占める。成熟ノードのファブは世界中に多数存在しており、装置の老朽化に伴う更新需要も継続的に発生する。新設需要と更新需要の双方がキヤノンの露光装置市場を支えている構造だ。

半導体製造装置市場全体の勢力図は半導体製造装置メーカーランキング2024で整理している。

注目する指標と次の決算での確認点

今後、キヤノンの露光装置事業の進捗を測るうえで、以下の指標が手がかりとなる。

  • 2027年の実際の出荷台数が340〜450台のレンジのどこに着地するか
  • 宇都宮新工場の稼働率と生産キャパシティの上限
  • メモリメーカー・パワー半導体メーカーの設備投資計画が増額・維持・減額のいずれに動くか
  • 武石専務が言及した「2028年まで継続」という需要見通しが次の決算でも維持されるか
  • ニコンなど競合メーカーの増産・受注動向

キヤノンの四半期決算では産業機器セグメントの受注残高・売上高を追うことで、露光装置事業の実態を確認できる。特に受注残高の増減は、需要が計画どおりに推移しているかどうかを判断する先行指標になりうる。セグメント別の利益率の変動も、装置の価格競争力や生産効率を測る手がかりとなる。

まとめ──増産計画が映し出す半導体製造装置市場の需給構造

キヤノンが2027年に露光装置の生産を最大2倍に拡大する計画は、AI半導体ブームの恩恵が最先端チップにとどまらず、メモリ・パワー半導体を含むサプライチェーン全体に波及していることを映し出している。

i線トップシェアのキヤノンとEUVを独占するASMLは、同じ露光装置メーカーでありながら対象とする市場が大きく異なる。成熟ノードの半導体は自動車から産業機器、通信インフラまで幅広い最終製品に組み込まれており、その需要がある限りi線・KrF露光装置の市場は存在し続ける。

2026年の227台から2027年の最大450台へ。この生産計画が実現するかどうかは、世界各地の半導体工場投資の進捗と、キヤノン自身の部品サプライチェーンの対応力にかかっている。宇都宮新工場を軸にした増産体制がどこまで機能するか、今後の出荷実績と決算数字で明らかになる。

参考にした主な資料