ASMLとレーザーテックの関係を解説──EUVエコシステムのサプライチェーン全体像2026

「ASML株が上がるとレーザーテック株も上がる」──投資家の間でよく言われるこの現象には、技術的な必然性があります。
ASMLはEUV露光機を作り、レーザーテックはEUVマスクを検査します。この2社は競合ではなく、お互いがなければ先端半導体が作れない共依存関係にあります。本記事ではASMLとレーザーテックの役割分担を起点に、EUVエコシステムを支えるサプライチェーンの全体像を整理します。
ASMLとはどんな会社か
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | ASML Holding N.V. |
| 本社 | オランダ・フェルトホーフェン |
| 上場 | Nasdaq・Euronext Amsterdam(ティッカー:ASML) |
| 事業内容 | 半導体露光装置(EUV・DUV)の開発・製造・販売 |
| EUV露光機シェア | 100%(世界独占) |
| Q2 2026 売上 | €9.3B(約1兆4,000億円)・ガイダンス上振れ |
| 2026年通年ガイダンス | €43B〜€45B(上方修正後) |
| 2026年EUV出荷予定 | 約65台(Low-NA)・前年比45%以上増 |
| 粗利益率(Q2 2026) | 54% |
ASMLはEUV露光機の唯一のメーカーです。1台200億円超の装置を年間60〜65台しか作れないにもかかわらず、TSMC・Samsung・IntelはこのASMLなしに先端チップを製造できません。
EUVエコシステムの全体地図──川上から川下まで
EUV露光機が稼働してウェーハに回路が描かれるまで、実に多くの企業が関わっています。
| 工程 | 役割 | 主要企業 |
|---|---|---|
| EUV光源(LPP方式) | 錫(Sn)プラズマでEUV光(13.5nm)を生成 | Cymer(ASML子会社)・Gigaphoton(日本) |
| ドライバーレーザー | 錫液滴にCO₂レーザーを照射してプラズマを生成 | Trumpf(ドイツ) |
| EUV光学系(ミラー) | EUV光を集光・成形する超精密ミラー | Carl Zeiss SMT(ドイツ)──独占供給 |
| 露光装置本体(ステージ・制御) | ウェーハを精密移動させ露光する装置全体 | ASML(オランダ)──独占 |
| マスクブランクス | EUVマスクの素材(Mo/Si多層膜) | HOYA・AGC(日本)・S&S Tech(韓国) |
| EB描画機 | マスクブランクスに回路パターンを書き込む | NuFlare Technology(日本)・JEOL(日本) |
| フォトマスク製造 | 描画→現像→エッチング→洗浄 | 大日本印刷・TOPPAN・フォトロニクス(米) |
| マスクブランクス検査 | 素材段階の欠陥を排除 | レーザーテック ABICS(世界独占) |
| パターンマスク検査 | 完成マスクの全欠陥をActinic検査 | レーザーテック ACTIS(世界独占) |
| ペリクル | マスク表面の防塵保護膜 | 三井化学(日本)・Canatu(フィンランド) |
| EUVフォトレジスト | EUV光に反応する感光材料 | JSR・東京応化工業・信越化学(日本) |
| 光酸発生剤(PAG) | EUVレジストの感光成分 | ADEKA(日本) |
| ウェーハ欠陥検査 | 露光後ウェーハのパターン欠陥検査 | KLA(米国) |
| CD-SEM計測 | パターン寸法の精密計測 | KLA・日立ハイテク(日本) |
| シリコンウェーハ | EUV露光の基板 | 信越半導体・SUMCO(日本) |
ASMLを支える「隠れた独占者」──Carl Zeiss SMTとTrumpf
ASMLが世界で唯一EUV露光機を作れる理由の核心は、2社の隠れた独占サプライヤーにあります。
Carl Zeiss SMT(カール・ツァイスSMT)──EUV光学系の独占供給者
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本社 | ドイツ・オーバーコッヘン |
| 役割 | EUV露光機に搭載するミラー(反射光学系)を独占供給 |
| 精度 | 表面粗さ0.1nm以下。地球サイズに拡大すると数cmの凹凸しかない精度 |
| ASML との関係 | ASMLがZeiss SMTの株式を24.9%保有。実質的な戦略的パートナー |
EUV光は空気中で吸収されるため、集光・成形はすべて反射ミラーで行います。このミラーの精度が解像度を決定します。世界でこの精度のEUVミラーを量産できるのはZeiss SMTだけで、ASMLへの独占供給契約があります。
Trumpf(トルンプ)──EUV光源のドライバーレーザー
EUV光の生成方式「LPP(レーザー照射プラズマ)」では、高速で落下する錫(Sn)液滴に高出力CO₂レーザーを照射してプラズマを発生させます。このCO₂レーザーを供給するのがドイツのTrumpfです。1台のEUV露光機で使うレーザーの出力は50kW以上です。
ASMLとレーザーテックの補完関係──なぜ株価が連動するか
ASMLとレーザーテックは異なる工程を担いますが、構造的に連動しています。
ASMLの役割:EUV光でウェーハに回路パターンを転写する
レーザーテックの役割:その転写に使うフォトマスクに欠陥がないことを保証する
→ マスク検査なしに露光はできない。露光なしにマスク検査の需要は生まれない。
| 比較項目 | ASML | レーザーテック |
|---|---|---|
| 製品 | EUV露光機 | EUVマスク検査装置(ACTIS・ABICS) |
| 顧客 | TSMC・Samsung・Intel等のファブ | マスクメーカー(DNP・TOPPAN等)+ファブ |
| 市場シェア | EUV露光機100% | EUVマスク検査100% |
| 売上規模 | 年間€43B〜€45B(2026年予想) | 年間約2,200億円 |
| 競合関係 | なし(補完関係) | なし(補完関係) |
| 株価連動 | EUV需要増↑ → 両社に恩恵 | EUV需要増↑ → 両社に恩恵 |
ASMLがEUV露光機を1台多く出荷すると、そのファブではEUVマスクをより多く使います。マスクを多く使えば検査の頻度・台数も増えます。つまりASMLの出荷増 → レーザーテックの受注増という連鎖が生まれます。2026年6月にASMLの株価が上昇した際、翌日にレーザーテック株が初の5万円を超えたのはこの構造の表れです。
日本企業のEUVエコシステムでの存在感
EUVエコシステムを担う企業の国籍を見ると、日本企業の多さが際立ちます。
| 工程 | 日本企業 | 世界シェア |
|---|---|---|
| マスクブランクス | HOYA・AGC | 世界シェア高い(HOYAが最大手) |
| EB描画機 | NuFlare Technology(東芝子会社)・JEOL | NuFlareが世界首位 |
| マスク検査(EUV) | レーザーテック | 100%独占 |
| ペリクル | 三井化学 | 量産化で先行 |
| EUVフォトレジスト | JSR・東京応化・信越化学 | 世界トップクラス |
| 光酸発生剤(PAG) | ADEKA | 世界シェアNo.1 |
| CD-SEM計測 | 日立ハイテク | KLAと二強 |
| シリコンウェーハ | 信越半導体・SUMCO | 世界シェア50%以上 |
露光機はオランダのASMLが独占していますが、その前後工程の多くを日本企業が担っています。「EUV時代の半導体製造に日本は欠かせない」と言われる根拠がここにあります。
ASMLが独占を維持できる理由
ニコンとキヤノンもかつてはEUV露光機の開発に取り組みましたが、2010年代に撤退しています。
- Zeiss SMTの独占供給:ASML以外にEUVミラーが手に入らない構造
- Cymerの買収(2013年):EUV光源を内製化し、技術流出を防いだ
- Trumpfとの長期開発体制:ドライバーレーザーも実質的な専用開発
- 20年以上の製造実績:ニコン・キヤノンの2〜3世代分のリードタイム差
- 中国には技術・部品が届かない:Zeiss・Trumpfへの輸出規制が実質的な障壁
EUVエコシステムと地政学
米国は対中半導体規制でASMLのEUV露光機輸出を禁止しています。EUV露光機そのものだけでなく、Zeiss SMTのミラーやCymerの光源ユニットなどのコンポーネント輸出も制限されており、中国は代替手段を持てません。レーザーテックのACTIS・ABICSも中国製EUVマスクメーカーには実質的に届かない構造です。
一方で2026年7月には「MATCH法案」(米国議会でASMLへの規制をさらに強化する動き)をめぐって欧州が反発しており、同盟国内での利害対立という新たな地政学リスクも顕在化しています。
まとめ
- ASMLはEUV露光機を年間65台(2026年予定)製造する唯一のメーカー。Q2 2026売上€9.3B
- ASMLを支える隠れた独占者:Carl Zeiss SMT(ミラー)とTrumpf(ドライバーレーザー)
- レーザーテックはEUVマスク検査で独占。ASMLの露光前後を両サイドから守る補完的存在
- ASMLとレーザーテックは競合ではなく共依存関係:EUV出荷増 → マスク検査需要増という連鎖
- 日本企業(HOYA・NuFlare・レーザーテック・三井化学・JSR・ADEKA等)がEUVエコシステムの重要工程を多数担う
- EUV輸出規制はASML本体だけでなく、ZeissミラーやCymer光源まで含む構造で中国は迂回不可
関連記事:レーザーテックの競争力を徹底解剖|EUVフォトマスク完全解説|High-NA EUV完全解説|EUVとDUVを徹底比較|ADEKA半導体材料を徹底解説
【参考・引用元】
- ASML「Q2 2026 Earnings Call Highlights: Surpassing Guidance with Strong EUV Sales」(2026年7月)
https://www.gurufocus.com/news/8960920/asml-q2-2026 - TechTimes「ASML Commits to Record Capacity Surge as AI Drives Biggest Guidance Raise of Year」(2026年7月)
https://www.techtimes.com/articles/320630/20260715/asml-commits-record-capacity-surge-ai-drives-biggest-guidance-raise-year.htm - Carl Zeiss SMT「EUV lithography and technology from ZEISS SMT」
https://www.zeiss.com/semiconductor-manufacturing-technology/smt-magazine/euv-lithography-as-an-european-joint-project.html - Entropy Capital「ASML’s Supply Chain, Bill of Materials, and the Devastating Effects of Potential Tariffs」
https://entropycapital.substack.com/p/asmls-supply-chain-bill-of-materials - 日本経済新聞「レーザーテック株価が初の5万円超え 蘭ASML生産拡大で連想買い」(2026年6月)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL171GX0X10C26A6000000/ - Open PR「Global Pellicle Market Driven by East Asia as Mitsui Chemicals and Shin-Etsu Expand」
https://www.openpr.com/news/4453082/global-pellicle-market-driven-by-east-asia-as-mitsui-chemicals













