2026年、日本では2つの巨大な国家プロジェクトが同時進行しています。

  • ラピダス(Rapidus):北海道千歳で世界最先端の2nmロジック半導体を製造する半導体ファウンドリ(受託製造)。政府支援総額3兆円超。
  • ノエトラ(Noetra):ソフトバンク・ソニー・ホンダ・NECら44社が出資する国産フィジカルAI基盤モデル開発会社。政府支援5年間1兆円。

「国産AI基盤モデルを、国産チップで動かす」——この構想は日本の半導体・AI産業の夢であり、両プロジェクトへの期待が高まっています。しかし現実はどこまで可能なのか。タイムライン・技術要件・NVIDIA接点の3軸で冷静に分析します。

1. ラピダスの現状:2026年7月時点のロードマップ

ここまでの進捗

時期マイルストーン
2022年8月ラピダス設立(トヨタ・ソニー・NTT・NEC・ソフトバンク・デンソー・キオクシア・三菱UFJ銀行の8社出資)
2023年米IBMとの技術連携協定締結。GAA(Gate-All-Around:ゲートオールアラウンド)トランジスタ技術の共同開発開始
2024年北海道千歳のIIM-1(Innovative Integration for Manufacturing)工場建設着工。EUV(Extreme Ultraviolet Lithography:極端紫外線露光)装置の搬入開始
2025年7月2nm GAAトランジスタの動作確認に成功(試作、量産品ではない)
2026年3月PDK(Process Design Kit:プロセス設計キット)を顧客へ提供開始
2026年末顧客設計による2nmテストチップ生産開始(予定)
2027年後半量産開始目標(IIM-1工場)
2031年IPO(株式上場)目標

2026年は「正念場」——歩留まりという壁

2025年7月の2nmトランジスタ動作確認は確かな前進ですが、「試作成功」と「量産」の間には「歩留まり(Yield)の壁」があります。

歩留まりとは、1枚のウェーハに製造した回路のうち正常に動作するチップの割合です。試作段階では歩留まりが数%でも構いませんが、量産で採算が取れるには80〜90%以上が必要です。

フェーズ歩留まりの目安商業利用
試作・動作確認数%〜10%台不可(研究・実証用)
テストチップ量産40〜60%評価・サンプル提供
商業量産80〜90%以上採算ライン

TSMC・サムスンでも最先端ノードの量産立ち上げには試作成功から通常2〜3年かかります。ラピダスはこれを約2年で達成しようとしており、2026年の歩留まり改善ペースが2027年量産の実現性を左右するのです。ラピダス社長の小池淳義氏も「本物のAIブームは27年から、量産開始へ歩留まりを上げる」と明言しています。

GAAとは何か——2nmが先端である理由

従来のFinFET(Fin Field-Effect Transistor:フィン型電界効果トランジスタ)では、ゲート電極がトランジスタのチャネルを3方向から囲んでいました。GAAではチャネルをナノシート(薄い半導体膜)状にし、ゲートが4方向すべてから囲む(ゲートオールアラウンド)構造で、電気的特性・リーク電流・消費電力を大幅に改善します。

TSMCは2nmからGAAへ移行。ラピダスも2nmでGAAを採用しており、世界最先端の製造プロセスに挑んでいます。

2. ノエトラの半導体調達:現実は何か

学習フェーズ:当面はNVIDIA + TSMC依存

ノエトラが国産フィジカルAI基盤モデルを学習(Training)させるには、数千〜数万枚規模のGPUクラスターが必要です。2026年7月に事業を開始した段階では、現実的な調達先は事実上NVIDIA一択です。

  • NVIDIA H100/B200:学習用AI GPUで世界シェア約90%
  • 製造はTSMC(台湾積体電路製造)の4nm〜3nm
  • メモリはSKハイニックス・マイクロンのHBM3E/HBM4

この学習フェーズにラピダスが入り込む余地は現時点ではほぼゼロです。学習用GPUは超大型チップ(ダイサイズ800mm²超)が主流で、ラピダスが2027年の量産立ち上げ直後に受託できる規模・歩留まりとは合致しないからです。

エッジ推論フェーズ:ここにチャンスがある

一方、フィジカルAIの本番環境——ロボット・工場・自動車——ではエッジ推論チップが必要です。このエッジ推論チップこそ、ラピダスとノエトラの接点となりうる領域です。

要件学習GPU(クラウド)エッジ推論チップ
チップサイズ超大型(600〜900mm²)小〜中型(50〜200mm²)→ラピダスに適合
消費電力300〜700W/枚数W〜数十W
生産量数十万枚/年(TSMC独占)車載なら年産数百万個規模が必要
製造ノード3nm〜4nm(TSMC)2nm〜5nm(性能と消費電力のトレードオフ)
ラピダスの可能性▲ 困難◎ 技術的に適合

3. 意外な接点:NVIDIA × ラピダス

ノエトラとラピダスの直接連携を考える前に、見逃せないニュースがあります。

NVIDIA CEOのジェンスン・ファン(Jensen Huang)氏は、AIを使ってGPU設計・製造を高速化する取り組みを進める中で、ラピダスとの連携を探っていると報じられています。またラピダスの小池淳義社長は「ジェンスン・ファン氏のチップをラピダスで製造したい」と明言しています。

もしNVIDIA × ラピダスの連携が実現した場合、以下のシナリオが生まれます:

  1. NVIDIAがラピダス2nmでエッジAI推論チップ(Jetson後継等)を製造
  2. ノエトラがNVIDIAのエッジAIチップを採用してフィジカルAI基盤モデルをエッジ展開
  3. 結果として「ノエトラ × NVIDIAチップ × ラピダス製造」という間接的な国産チェーンが形成

「国産AI × 国産チップ」を直接連結するより迂回路ですが、現実的な実現経路の一つです。

4. タイムラインを重ね合わせる

両プロジェクトのスケジュールを一本のタイムラインに乗せると、課題と可能性が浮かび上がります。

ラピダスノエトラ接点の可能性
2026歩留まり改善・テストチップ生産開始事業開始・基盤モデル学習着手(NVIDIA GPU使用)なし(ラピダスはまだ試作段階)
2027量産開始(目標)・初期顧客への出荷基盤モデルv1リリース・パートナー企業への提供開始△ ラピダス量産成功なら評価チップ提供可能
2028量産拡大・歩留まり安定化エッジ展開本格化・ロボット・製造ライン実装エッジ推論チップをラピダスが製造する最初のリアルな可能性
2029〜2030IIM-1フル稼働・次世代ノード研究(1nm台)自動車・物流・医療へ展開拡大◎◎ 車載SoC・産業向け推論チップの受託可能性
2031IPO目標事業最終年度・成果報告国産エコシステム確立が評価軸に

5. 3シナリオ分析:国産AI × 国産チップの現実

シナリオA(楽観):2027年量産成功 → 2028年にエッジチップ受託

ラピダスが2027年後半に予定通り量産を立ち上げ、2028年上半期には歩留まりを商業水準まで引き上げることに成功。ノエトラのエッジ展開フェーズが始まる2028年に合わせて、ルネサスやNECが設計するエッジAI SoCをラピダスが受託製造。「国産フィジカルAIを国産チップで動かす」が部分的に実現する。

実現確率:20〜30%(技術的には可能だが、量産立ち上げと顧客確保の両方が予定通りに進む必要がある)

シナリオB(現実):量産2028〜2029年にズレ、部分参加

歩留まり改善に想定より時間がかかり、ラピダスの商業量産は2028〜2029年にずれ込む。一方でノエトラのエッジ展開は当初TSMC製チップで先行。2029〜2030年にラピダスが安定稼働してからノエトラの第2フェーズ向け次世代エッジチップを受託。「国産化」は5年計画の後半に登場する。

実現確率:50〜60%(最も現実的。歩留まり問題は未知数だが、日本政府がどちらも全力支援するため「失敗させない」圧力がある)

シナリオC(慎重):ラピダス課題長期化、ノエトラはTSMC・Samsung Foundry製

ラピダスの歩留まり改善が2030年代まで難航し、ノエトラは5年の事業期間中はTSMCまたはSamsung Foundry(サムスン半導体)で製造したチップを採用し続ける。「国産AI」と「国産チップ」は別々に進化し、次世代プロジェクトで初めて本格連携が始まる。

実現確率:20〜30%(量産難航は十分ありうるが、政府支援・NVIDIA連携の可能性があるため完全な失敗は考えにくい)

6. 技術的要件の観点から:2nmはフィジカルAIエッジに向いているか

ラピダスの2nm GAAプロセスは、フィジカルAIのエッジ推論に技術的に適合しているのでしょうか。

評価軸2nm GAAの特性フィジカルAIエッジへの適合性
消費電力同性能なら前世代比30〜40%の省電力化◎ バッテリー駆動ロボット・車載に有利
演算性能(TOPS/W)電力あたり性能が大幅向上◎ エッジ推論の効率が向上
チップ面積同性能でダイサイズを縮小可能◎ 小型機器への搭載に有利
信頼性・耐久性最先端ノードの信頼性実績は蓄積中△ 車載向けAEC-Q100認定には時間が必要
製造コスト最先端ノードのため高コスト△ 量産数百万個規模が必要な車載用途には課題

技術仕様の面では、2nm GAAはエッジAI推論チップの要件(低電力・高TOPS/W・小面積)と非常に良く合致しています。課題は「信頼性認定の時間」と「コスト」であり、これはラピダスが量産経験を積む中で改善されていく性質のものです。

7. 現実的な「落としどころ」

現時点で最も現実的な国産AI × 国産チップの実現経路は、以下の段階的アプローチです。

  1. 2026〜2027年(学習フェーズ):NVIDIA GPU(TSMC製)で基盤モデルを学習。ラピダスとは並行して顧客関係を構築。
  2. 2027〜2028年(評価フェーズ):ラピダスがテストチップ生産を完了した段階で、NECまたはルネサスが設計するエッジSoCをラピダスへ試作発注。ノエトラ向けに評価。
  3. 2029〜2030年(実装フェーズ):ラピダスの量産が安定化した段階で、ノエトラのエッジ推論向け国産チップを本格採用。スピントロニクス(MRAM)技術(アイシン・NECが開発中)との組み合わせも視野に。

「2026年に国産AI × 国産チップが完成する」という期待は過大です。しかし「2029〜2030年に部分的な国産エコシステムが形成される」というシナリオは、十分に現実的かつ世界でも類を見ないユニークな産業モデルとなりえます。

まとめ

ラピダスとノエトラは、同じ「国家戦略」という文脈で語られますが、現時点では直接的な連携は存在せず、タイムライン上も2028年以前の本格連携は困難です。

しかし視点を2030年に向けると、絵は変わります。

  • ラピダス2nmが商業水準で安定稼働
  • ノエトラのフィジカルAIがロボット・車・工場に本格展開
  • NECのエッジAIチップをラピダスが製造し、ノエトラの基盤モデルが動く

この「日本発フィジカルAIサプライチェーン」の夢が現実になるかどうか。2026〜2027年のラピダスの歩留まり改善と、ノエトラの基盤モデルの品質——この2つが揃ったとき、次章が始まります。

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