5Gと車載レーダーの「隠れた主役」

スマートフォンが5Gミリ波で通信するとき、車がADASレーダーで前方車両を検知するとき、AIデータセンターのサーバー間で光信号が飛び交うとき──その裏で動いている半導体がSiGe(シリコンゲルマニウム)BiCMOSだ。

製品名が表に出ることはほぼない。しかしInfineonの車載レーダーICシリーズ(RASIC)・STMicroelectronicsの光通信ドライバ・GlobalFoundriesの5G用RFフロントエンドには、このプロセスが使われている。市場規模は2025年の38億ドルから2034年に82億ドルへとCAGR 8.9%で成長する(DataIntelo)。

日本語でSiGeを解説した記事は少なく、あっても用語の定義を並べるだけのものがほとんどだ。本記事では「なぜGeを混ぜると速くなるのか」という物理の原理から、製造の難しさ、実際の製品・メーカー比較まで、一気通貫で解説する。

なぜシリコンゲルマニウムは速いのか

バンドギャップエンジニアリングの原理

純粋なシリコン(Si)のバンドギャップは1.12 eV、ゲルマニウム(Ge)は0.66 eVだ。Si₁₋ₓGeₓという組成でGeの混合比率xを増やすほど、バンドギャップは連続的に縮小する。この特性を意図的に設計に使うことをバンドギャップエンジニアリングと呼ぶ。

SiGe層をSi基板の上にエピタキシャル成長させると、格子定数の差(SiGeはSiより約4%大きい)によって圧縮歪み(Compressive Strain)が発生する。この歪みがバンド構造を変形させ、正孔(ホール)の移動度を大幅に向上させる効果を生む。

HBT(ヘテロ接合バイポーラトランジスタ)とは

SiGeの最大の応用がHBT(Heterojunction Bipolar Transistor)だ。従来のシリコンBJT(ホモ接合バイポーラトランジスタ)はエミッタ・ベース・コレクタすべて同じ材料で作られていたため、「ベースのドーパント濃度を上げるとゲインが落ちる」という制約があった。

SiGe HBTはエミッタとベースを異なる材料で作る。エミッタはSi(バンドギャップ大)、ベースはSiGe(バンドギャップ小)というヘテロ接合にすることで、ベースを高濃度にドープしても電流増幅率(β)を維持できる。これにより:

  • ベース抵抗 Rb が低下 → ノイズ指数(NF)改善
  • ベース通過時間 τB が短縮 → 遷移周波数 fT 向上
  • 最大発振周波数 fmax が上昇 → 高周波帯での動作が可能に

SiGe:C──競合記事が触れない「炭素添加」の秘密

現代の量産SiGeプロセスは正確には「SiGe:C」と表記される。この「:C」が何を意味するか、日本語記事ではほとんど解説されていない。

問題の出発点は「ボロン拡散」だ。SiGe HBTのベース層はボロン(B)でp型にドープされているが、後工程の高温アニールでボロン原子が拡散してしまい、慎重に設計したベース層の濃度プロファイルが崩れる。これをTED(Transient Enhanced Diffusion:過渡増速拡散)と呼ぶ。

解決策として発見されたのが炭素(C)の微量添加だ。わずか約0.5%(原子密度 ≈ 10²⁰ cm⁻³)の炭素をSiGe層に添加するだけで、ボロンの拡散速度を約8分の1に抑制できる。メカニズムはシンプルで、炭素原子がSiの自己格子間原子を不飽和化させてボロンの移動経路を塞ぐというものだ。副次的にリン(P)の拡散も一部抑制され、全体的な素子プロファイルのシャープネスが改善する。IHP・STMicro・GlobalFoundriesの主要量産プロセスはすべてSiGe:Cを採用している。

BiCMOS:2種類のトランジスタを1チップに集積する難しさ

BiCMOSとは「Bipolar(SiGe HBT)+CMOS」を同一ウェーハに集積したプロセスだ。2種類を組み合わせる理由は明快だ。

素子強み弱み担当役割
SiGe HBT(バイポーラ)高速・低ノイズ・高電流駆動消費電力大・集積密度低RF送信/受信・TIA・LNA
CMOS超低消費電力・高集積度周波数特性が劣るデジタル制御・DSP・バイアス回路

一言で言えば「速いバイポーラで信号を扱い、省電力のCMOSで頭脳を担当させる」という分業だ。5G基地局のRFフロントエンドで言えば、アンテナからの微弱な信号を受けるLNA(低雑音増幅器)と送信用PA(電力増幅器)はSiGe HBT、その周辺の位相制御・プリコーディング・プロトコル処理はCMOSが担う。

熱バジェット問題とBAGプロセス

BiCMOSで最も難しいのが「熱バジェットの競合」だ。

SiGe HBTのエピタキシャルベース形成には高温工程が必要だが、先に形成されているCMOSトランジスタのLDD(低濃度ドレイン)領域にはドーパントの再拡散を避けるため低熱バジェットが求められる。高温で作りたいものと、高温をかけてはいけないものが同じウェーハ上に共存するジレンマだ。

現在の主流解決策はBAG(Base-After-Gate)プロセスだ。CMOSのゲート形成をすべて終えた後にSiGe HBTのベースをエピタキシャル成長させ、さらにRTA(Rapid Thermal Annealing:急速熱処理)で高温を局所的・短時間に限定することで両素子への悪影響を最小化する。加えて、DTI(Deep Trench Isolation:深溝分離)でバイポーラ部とCMOS部の電気的・熱的クロストークを遮断する構造が標準的だ。

メーカー別プロセス性能比較(fT/fmax)

メーカープロセス名CMOSノードfT(GHz)fmax(GHz)特記事項
IHP(ドイツ)SG13G3Cu130nm470650量産プロセスで世界最高峰
IHP(研究)DOTSEVEN505720研究レベルの世界記録
GlobalFoundries130CBIC130nm400+400+PNP HBTも200GHz+(業界唯一)
GlobalFoundriesSiGe 9HP90nm310370300mm対応・衛星通信向け
STMicroBiCMOS55(B55)55nm320370300mm生産・欧州
TowerSBC18H5340+450+光通信TIA/LD/CDR向け

注目すべきはIHPの立場だ。ドイツの国立研究機関であるIHPは量産プロセスSG13G2のオープンソースPDK(プロセス設計キット)をGitHubで公開しており、誰でも無償でSiGe BiCMOS回路を設計・試作できる(IHP-Open-PDK)。学術研究者がSiGe设計の障壁なく参入できるため、同プラットフォームは世界中の大学・研究機関に広まっている。

主な用途:何のために作られているのか

①車載77GHz レーダー──ADAS・自動運転の目

自動緊急ブレーキ(AEB)・ACC(アダプティブクルーズコントロール)・車線維持支援に使われる77/79GHz周波数帯のミリ波レーダーは、SiGe BiCMOSの最大市場の一つだ。

  • Infineon RASIC™シリーズ(RXS816xPL等):SiGe BiCMOSをベースに長年量産。検出距離最大250m。
  • NXP TEF810x:SiGe BiCMOSで市場に参入し、数千万個を出荷した後、次世代(TEF82xx)ではRF CMOSに移行(→後述)。
  • STMicro:B55をベースに77GHz対応素子を展開。

車載レーダーICの製造で注目すべきは歩留まりの低さだ。通常の車載ICが90%超の歩留まりを実現するのに対し、77GHzミリ波ICの歩留まりは65〜70%程度にとどまると言われる。高周波数帯では微細なプロセス変動が素子性能に直接影響するためだ。この低歩留まりが参入障壁となり、InfineonとNXPで車載レーダーIC市場の45%以上のシェアを占めるという寡占構造を生んでいる。

②5Gミリ波(24〜100GHz帯)フロントエンド

5G NR(New Radio)のミリ波バンド(FR2:24〜52GHz)はSiGe HBTの高周波特性が活きる領域だ。5G基地局の送受信に使われるMMIC(Microwave Monolithic Integrated Circuit)の68%以上はSiGe BiCMOSを採用しているとされる。GlobalFoundriesの130CBICプラットフォームが5G・光通信・衛星通信を一つのプロセスでカバーする汎用性を持ち、広く採用されている。

③AIデータセンター向け光通信ドライバ

サーバー間の光インターコネクトに使われるTIA(トランスインピーダンスアンプ)・LD(レーザードライバ)・CDR(クロックデータリカバリー)はSiGe BiCMOSの得意領域だ。TowerのSBC18H5プロセスは最大1.6Tbpsのデータ通信に対応し、LEO衛星の地上端末向けフロントエンドにも応用されている。STMicroのB55Xは200Gbps/400Gbps per laneのTIA・レーザードライバとして採用例がある。

SiGe vs GaAs vs GaN vs InP:どの用途にどれを使うか

高周波半導体の材料は複数あり、それぞれに得意領域がある。

項目SiGe BiCMOSGaAsGaNInP
最大fT(量産)470GHz(IHP)〜150GHz〜100GHz〜700GHz(HEMT)
出力電力密度中(〜数百mW/mm)1〜2 W/mm5〜10 W/mm0.5〜1 W/mm
ノイズ指数(20GHz)低〜中(1〜2 dB)低(0.5〜1.5 dB)中(1〜2 dB)最低(0.3〜1 dB)
ウェーハコスト最低(Si設備流用)高(GaN-on-SiC: $50〜200/die)最高(InP専用設備)
CMOS混載◎(BiCMOS)△(困難)×
主な用途5G、車載レーダー、光通信、衛星スマホPA・WiFi基地局PA・軍事レーダー超低ノイズLNA・THz・光通信

SiGeの最大の武器はコストとCMOS集積性だ。GaN-on-SiCのダイコストはSiGe比で10〜40倍に達する。InPは最高の低ノイズ性能を持つが、ウェーハサイズが最大4インチ(SiGeは300mm=12インチ)であり製造コストが大幅に高い。「GaAsやGaNにはできない複雑なデジタル制御回路と高周波アナログを同一チップに収めたい」というニーズにはSiGe BiCMOSが最適解だ。

ただし「SiGeが常勝」ではない。NXPが5G車載レーダーの新世代(TEF82xx)でSiGe BiCMOSからRF CMOSに移行した事例は示唆的だ。CMOSノードの微細化が進むにつれて、CMOSでも100GHz以下の周波数帯なら十分な性能が出せるようになっている。SiGeの優位性は周波数が高くなるほど(100GHz超)、かつ低ノイズが不可欠なほど際立つ。

TowerのSiGeビジネスと日本ファブの役割

Tower SemiconductorはSiGe BiCMOSファウンドリとして世界でも数少ない300mm量産能力を持つ企業だ。SBC18H5プロセスはfT 340GHz超・fmax 450GHz超を達成し、光通信・衛星・高周波産業向けに広く採用されている。

日本の富山県魚津市に置くFab 7(TPSCo)はSiGe・RF SOI製造の主力拠点だ。2026年7月に発表した30億ドルの日本投資計画(METI補助金10億ドル含む)では、Fab 7のSiGe生産能力の増強と、新潟県胎内市のFab 6をシリコンフォトニクス専用ラインに転用する「2トラック」戦略が打ち出された。SiGeと光通信の両方で日本拠点の重要度が増している。

市場展望:成長を支える3つのドライバー

市場2024〜2025年規模2030〜2034年予測CAGR
SiGe半導体全体38億ドル(2025年)82億ドル(2034年)8.9%
SiGe BiCMOSセンサー16億ドル(2030年)16.4%
77GHz車載レーダーIC26.8億ドル(2024年)52.3億ドル(2032年)8.7%
RFフロントエンドモジュール287億ドル超(2025年)11.9%

成長を支えるドライバーは3つだ。①5G展開の継続:ミリ波5G基地局・スモールセルの整備が世界で進む。②自動運転レベルの向上:L2+〜L3の自動運転普及でレーダーICの搭載数が増加(1台あたり複数搭載が標準化)。③AIデータセンターの光通信化:HBMと並んでシリコンフォトニクス向けSiGe TIAの需要が急拡大している。

まとめ──「見えない主役」の技術が問われる時代

SiGe BiCMOSは製品名が表に出ないが、5G・車載・AIデータセンターという現代の主要テーマ全てに刺さっている技術だ。バンドギャップエンジニアリングで「速い」を作り、SiGe:Cの炭素添加で「安定させ」、BAGプロセスの熱バジェット管理で「CMOSと共存させる」──この3段構えの技術的積み重ねが、IHP製プロセスで470GHz(fT)という数字を実現した。

CMOSノードの微細化でSiGeが不要になる領域も一部出てきているが、100GHz超の周波数帯と低ノイズが不可欠な用途では当面SiGe HBTの代替はない。自動運転とAIが世界のインフラを変えていく中で、この「見えない主役」の重要性はむしろ増していく。

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