シリコンフォトニクス(SiPho)完全解説2026──AIデータセンターで銅配線を光に置き換える技術

AIデータセンターで「光の革命」が起きている
2026年のAIデータセンターでは、静かな革命が進んでいる。NVIDIA・Google・Metaが建設する巨大なGPUクラスターの中で、これまで当たり前だった銅配線が光ファイバに置き換わりつつあるのだ。
この変化を技術面から支えるのがシリコンフォトニクス(Silicon Photonics:SiPho)だ。シリコン半導体の製造プロセスを使って光素子を作り、AIを動かすデータセンター内のデータ転送を電気信号から光信号へと切り替える。
市場の数字はこの革命の勢いを如実に示している。光トランシーバー市場全体は2025年の165億ドルから2026年には260億ドル(前年比60%増)に急拡大する見通し(LightCounting)。シリコンフォトニクス単体の市場も2025年の28億ドルから2030年には97億ドルへとCAGR約28%で成長が続く(Wissen Research)。
本記事では、シリコンフォトニクスの原理から市場の実態、ファウンドリ覇権争いまでを包括的に解説する。
銅配線はなぜ限界を迎えるのか
シリコンフォトニクスの必要性を理解するには、まず「なぜ銅では駄目なのか」を知る必要がある。
PCBトレース(回路基板上の銅配線)を流れる電気信号の損失は、周波数の平方根に比例して大きくなるという物理法則がある。データ転送速度が上がるほど、信号を遠くまで届けるのが難しくなる。
| 転送速度 | パッシブ銅ケーブル(DAC)の到達距離 |
|---|---|
| 400Gbps | 約3m |
| 800Gbps | 約1〜2m |
| 1.6Tbps | 約1m以下 |
標準的なサーバーラックの高さは約2.2mだ。1.6Tbpsではパッシブ銅ケーブルがラック1本の高さにも届かないという計算になる(IEEE Spectrum)。ラック間を接続するのはもちろん、同じラック内の機器を繋ぐことすら銅では対応しきれなくなる。
電力の問題も深刻だ。200Gbps PAM4の場合、わずか6インチ(約15cm)のPCBトレースで18dB以上の損失が生じ、これを補正するDSP(デジタル信号処理チップ)が6〜14Wを消費する。AIクラスター規模ではこの消費電力が数百kWの無駄な熱になって積み上がる。
Googleの実測値は光の優位性を端的に示している。電気スイッチの35W/100Gbpsに対し、光インターコネクトは5W/100Gbpsと7倍の電力効率差がある。
シリコンフォトニクスの原理:SOI構造と光の閉じ込め
シリコンフォトニクスを実現するカギは、SOI(Silicon-On-Insulator)と呼ばれるウェーハ構造にある。
SOIウェーハは3層構造だ。一番上に厚さ220nm程度のシリコン「デバイス層」があり、その下に厚さ2〜3μmの二酸化ケイ素(SiO₂)「埋め込み酸化膜(BOX)」、さらにその下に機械的支持を担う「ハンドル基板」のシリコンがある。
なぜこの構造で光を閉じ込められるのか。シリコンの屈折率は3.45、SiO₂の屈折率は1.45という大きな差がある。光は屈折率が高い媒質から低い媒質に入射する際に全反射する(全内部反射)。この原理により、デバイス層のシリコン内を走る光はBOXで下方向に漏れず、薄いシリコン導波路の中に閉じ込められたまま伝播する。
シリコンフォトニクスチップには複数の光機能素子が集積される。
| 素子 | 材料 | 役割 |
|---|---|---|
| 光導波路 | Si(SOI) | 光の経路 |
| Mach-Zehnder変調器(MZM) | Si + PN接合 | 電気信号を光の強弱に変換(データ変調) |
| フォトダイオード | Ge(シリコン上にエピ成長) | 光信号を電気信号に変換(受光) |
| グレーティングカプラ | Si | 光ファイバとチップの間で光を結合 |
なぜシリコンはレーザーを発振できないのか
シリコンフォトニクスには根本的な弱点がある。シリコンでレーザーを作ることができないという事実だ。シリコンは「間接バンドギャップ」材料であり、電子と正孔が再結合する際にフォノン(格子振動)を介するため、光子としてエネルギーを放出する効率が極めて低い。
解決策は「光源だけ外部から調達する」ことだ。InP(インジウムリン)製のCWレーザー(連続波レーザー)をシリコンチップの外に配置し、光ファイバやグレーティングカプラ経由でSiPhoチップ内に光を入れる。SiPhoチップはその光をデータ変調・伝送・受光する役割を担い、レーザー発振だけは化合物半導体に頼る分業構造だ。なお化合物半導体にはInP系のほかGaAs系もあり、量子ドットレーザは後者にあたる。
この構造が近年の「供給危機」の一因にもなっている。InPレーザーの2025年の世界需要は約200万個だが、生産能力はわずか60万個しかない。需要の3倍以上の供給不足という深刻な状況だ。SiPhoが普及すればするほど、SiPhoを動かすInPレーザーも足りなくなるという皮肉な構図が生まれている。
CPO(Co-Packaged Optics)とは何か
シリコンフォトニクスの応用で最も注目されているのがCPO(Co-Packaged Optics:共パッケージ光学)だ。
従来のデータセンターでは、ネットワークスイッチASICの横に「プラガブル光モジュール(QSFP-DDやOSFP)」が挿入されていた。光モジュールはスイッチASICから数cmの距離にあり、その間をPCBトレース(銅配線)で繋ぐ。この銅配線の損失が電力無駄の一因だった。
CPOは光エンジン(SiPhoチップ)をスイッチASICと同一パッケージ内に収める。銅配線をほぼゼロにすることで損失を劇的に削減できる。
| 項目 | 従来プラガブル | CPO |
|---|---|---|
| 光エンジンの位置 | スイッチASICの外(数cm離れた外付けモジュール) | スイッチASICと同一パッケージ内 |
| 消費電力(800G) | 約15W | 約5.4W(64%削減) |
| 交換性 | ホットスワップ可能 | ファームウェア更新のみ |
| 主な用途 | 汎用データセンター | AIスイッチ・GPU間インターコネクト |
NVIDIAのSpectrum-X Photonics(CPO対応Ethernetスイッチ)の実測では、1.6Tポートあたり従来プラガブルの25WからCPOで9Wまで削減できている(約3倍の効率向上)。
Broadcomの51.2T CPOスイッチ「Bailly」はすでに量産中であり、MetaがAIクラスターへの導入を進めている。2026年下半期にはNVIDIAのSpectrum-X Photonicsも出荷開始の予定だ。
市場の現実:供給クライシスとNVIDIAの40億ドル買占め
シリコンフォトニクスの需要急増は、供給側に深刻なひずみをもたらしている。McKinseyの2025年6月レポートは警告する。
- 800Gbps製品:2027年まで需要の40〜60%が供給不足
- 1.6Tbps製品:2029年まで需要の30〜40%が供給不足
需要規模も急拡大している。800G以上の光トランシーバー出荷量は2025年の2,400万個から2026年には6,300万個へ2.6倍増の予測だ(LightCounting)。
この供給不足を背景に、2026年3月にNVIDIAが動いた。LumentumとCoherentという2大レーザーメーカーに対し、合計40億ドルを投じてEMLレーザーの優先生産枠を囲い込んだのだ。この「レーザー買占め」により、他のバイヤーのリードタイムは2027年以降に押し出された。AI半導体の覇者NVIDIAが光部品の上流まで押さえに来た動きは、シリコンフォトニクス産業の戦略的重要性を象徴している。
ファウンドリ覇権争い:TowerとGlobalFoundriesの一騎打ち
SiPhoを製造できるファウンドリは世界にわずかしかない。その頂点をめぐって、Tower SemiconductorとGlobalFoundriesが激しく争っている。両社は互いに特許侵害訴訟を3件係属させながら、同じ顧客を奪い合っている。
| 指標 | Tower Semiconductor | GlobalFoundries |
|---|---|---|
| SiPho売上(2025年) | 約2.28億ドル(前年比倍増) | 約2億ドル超(同様に倍増) |
| 主要戦略 | 日本に30億ドル投資(METI補助10億ドル) | Advanced Micro Foundry(AMF)を4.53億ドルで買収 |
| プラットフォーム | 独自SiPhoプロセス(日本ファブ) | Fotonix・SCALE(CPO向け) |
| 2028年目標 | SiPho含む総売上36億ドル | SiPho売上10億ドル突破 |
| 強み | 300mm日本ファブ・SiGe統合・既存顧客との深い関係 | China-freeサプライチェーン・AMF買収で規模拡大 |
GlobalFoundriesは2025年11月にシンガポールのシリコンフォトニクス専業ファウンドリAMFを4.53億ドルで買収し「世界最大のSiPho純粋ファウンドリ」を標榜した。一方TowerはMarvellとの協業でコヒーレントフォトニックICを500万個以上出荷(2026年6月)し、2027年向けの受注を13億ドル確定させている。
両社ともSiPho売上が約2億ドル超で拮抗する「熾烈な一騎打ち」の構図だ。2027〜2028年の生産能力(Towerの日本Fab・GFのAMFシンガポール)が実際に立ち上がったとき、どちらが優位に立つかが見えてくる。
SiPho市場の主要チップメーカー
| 企業 | 主な製品・動向 |
|---|---|
| Marvell | 3nm DSP + SiPhoで1.6Tコヒーレントを展開。Tower・GFからSiPhoウェーハを調達 |
| Broadcom | 51.2T CPOスイッチ「Bailly」量産中。第3世代(200G/レーン)を発表 |
| Coherent(旧II-VI) | 1.6TをSiPho・EML・VCSELの3種同時デモ。InPレーザーを内製 |
| Lumentum | EMLレーザー大手。NVIDIA40億ドル契約で生産枠を確保 |
| Ayar Labs | TeraPHY:8Tbps双方向のUCIe光チップレット。ダイ間光インターコネクトの先駆 |
Towerの日本投資がSiPho市場に持つ意味
2026年7月14日にTower Semiconductorが発表した日本への30億ドル投資は、SiPhoファウンドリ市場の地図を塗り替えうるインパクトを持つ。
Towerの日本法人TPSCoが運営する2拠点が拡張の中心だ。新潟県胎内市のFab 6は300mm SiPho・先端パッケージング専用ラインに転用され2027年Q4の稼働を目指す。富山県魚津市のFab 7は隣接地に新300mm施設を建設する。METIはこの投資に10億ドル(約1,600億円)の補助金を用意し、AIデータセンター向け光デバイスの国産サプライチェーン確立という政策目標に沿って支援する。
日本政府がシリコンフォトニクスを「国家として育てるべき技術」と位置付けたことは、この産業の戦略的重要性を裏付ける。台湾に集中したロジック半導体の轍を踏まず、光半導体でサプライチェーンの多様化を図るというメッセージでもある。
まとめ──「光の革命」はまだ始まったばかり
シリコンフォトニクスが解決しようとしている問題は本質的だ。AIモデルの巨大化がGPUクラスターのスケールを押し上げ、クラスター内外のデータ転送量が急増するほど、銅配線の物理限界が早く来る。この問題を光で解くというアプローチは正攻法であり、代替手段がない。
2026年時点での市場はまだ立ち上がり段階だ。供給は需要に追いつかず、ファウンドリはフル稼働を急ぎ、NVIDIAはレーザーを買い占め、TowerとGlobalFoundriesは特許で争いながら生産能力を競っている。混沌の中で確かなのは「光の時代がデータセンターに来た」という事実だ。
2028〜2030年にかけてSiPhoの量産ファブが次々稼働し、CPOが主要AIスイッチの標準になったとき、シリコンフォトニクスはGPUやHBMと並ぶAI半導体の「もう一つの柱」として確立されているだろう。
関連記事:Tower Semiconductor完全解説2026・HBM完全解説2026・CoWoSボトルネック2026













