イビデンのセラミック事業──DPF苦戦の陰で育つ「半導体装置向けグラファイト」という第2の柱

「苦戦するセラミック」と「育つグラファイト」という2つの顔
イビデンの2026年3月期セラミック事業は、売上826億円(前年比▲1.8%)・営業利益76億円(前年比▲37.4%)と大幅な減益だった。電子事業が営業利益+68.5%の急成長を見せた同期において、セラミック事業の落ち込みは際立った。
しかし、この数字だけでセラミック事業を「衰退部門」と断じるのは早計だ。DPFという特定製品の苦戦が全体の数字を引き下げているのであって、半導体製造装置向けグラファイト(特殊炭素製品)という成長セグメントが内側で育っているからだ。
セラミック事業の構成:3つの製品群
| 製品群 | 主な用途 | 現在のトレンド |
|---|---|---|
| DPF・触媒担体保持材 | ディーゼル車の排ガス浄化 | EV化で長期縮小傾向 |
| グラファイト(特殊炭素製品) | 半導体製造装置・原子力・高温炉 | SiCパワー半導体需要で成長中 |
| セラミックファイバー | 工業炉の断熱材 | 横ばい〜緩成長 |
主力①DPF:ハニカム構造が捕まえる排ガスの黒煙
DPF(Diesel Particulate Filter:ディーゼルパティキュレートフィルター)は、イビデンのセラミック事業の売上規模では依然として最大の製品だ。
SiC(炭化ケイ素)製のハニカム構造体であり、隣り合う細孔が交互に閉じられた独特の構造を持つ。ディーゼルエンジンから排出される黒煙(PM:粒子状物質)が細孔の壁を通過する際に捕集され、定期的に高温で燃焼させることで再生する仕組みだ。
なぜ苦戦しているのか
欧州でのディーゼル車規制強化とEV化の加速が、DPF需要を構造的に押し下げている。欧州はかつて「CO₂削減のためにディーゼルを推進」していたが、ディーゼルゲート問題(2015年)以降は急速にディーゼル離れが進んだ。加えて2035年に欧州でのICE(内燃機関)新車販売禁止が予定されており、DPFの長期需要低下は不可逆的だ。
さらに2026年3月期は中国経済の停滞が追い打ちをかけた。中国でのディーゼル商用車向け需要が伸び悩んだことが、セラミック事業全体の足を引っ張った。
主力②グラファイト(特殊炭素製品):半導体製造装置の「縁の下」
DPFの縮小とは対照的に成長しているのが、イビデンの特殊炭素製品事業(IBIDEN Fine Graphite Material:FGM)だ。半導体製造装置の内部に組み込まれる部材として、以下の3製品群が主力となる。
用途①:単結晶引き上げ装置向けグラファイト部材
シリコンウェーハもSiCウェーハも、その原料となる単結晶は「チョクラルスキー法」と呼ばれる引き上げ技術で作られる。融けた原料(シリコン融液やSiC溶液)に種結晶を浸し、回転させながらゆっくり引き上げることで大型の単結晶インゴットを育成する。
この引き上げ装置(CZ炉)の内部には1,400℃超の高温環境に耐え、融液を汚染しない超高純度の部材が不可欠だ。イビデンのグラファイト部材はルツボ(坩堝)の保持材・断熱材・ヒーター発熱体として採用されており、純度・耐熱性・加工精度のすべてが競争力の源だ。
特にSiCパワー半導体の需要拡大に伴いSiC単結晶引き上げ装置の導入台数が増えており、イビデンにとっての成長機会が拡大している。
用途②:CVD-SiCコート品(エピ炉・ドライエッチング装置)
半導体デバイスを作るには、ウェーハ上に薄膜を形成したり(CVD・エピタキシャル成長)、不要部分を削ったりする(ドライエッチング)工程が不可欠だ。これらの装置内部には高温・プラズマ・腐食性ガスに耐える部材が使われる。
イビデンのCVD-SiC製品は、グラファイト基材の表面にCVD法(化学気相蒸着法)で緻密な炭化ケイ素薄膜を被覆したものだ。グラファイトの軽量・加工性に、SiCの耐食性・高純度・耐熱性を組み合わせた複合素材であり、LED・パワーデバイス向け化合物半導体のエピタキシャル炉内部品として採用されている。
用途③:パイロカーブ(蒸着炭素膜グラファイト)
パイロカーブは、グラファイト基材の表面に熱分解炭素膜(パイロカーボン)を被覆した材料だ。高純度・気密性・化学的安定性に優れ、単結晶引き上げ装置内の坩堝や治具に使用される。シリコン・SiCどちらの引き上げ装置にも対応できる汎用性が強みだ。
グラファイト50億円増産:背景にSiCパワー半導体ブーム
イビデンは2024年に半導体装置向けグラファイト部材の増産投資として約50億円を投じ、生産能力を5割増強した。この投資を動機付けているのが、SiCパワー半導体の急拡大だ。
SiCパワー半導体はEV・再生可能エネルギー・産業機器での電力変換効率を高める素材として世界的な需要が急増している。SiCデバイスを作るには:
- SiC単結晶インゴット引き上げ(グラファイト部材が必要)
- SiCウェーハのエピタキシャル成長(CVD-SiCコート炉内部品が必要)
- プラズマエッチングによるデバイス形成
という工程が必要であり、各ステップでイビデンの特殊炭素製品が用いられる。「SiCパワー半導体が売れるほど、イビデンのグラファイトも売れる」という正の相関が存在する。
| 半導体製造工程 | 使用装置 | イビデン製品 |
|---|---|---|
| SiC単結晶育成 | CZ炉(引き上げ炉) | グラファイト保持材・パイロカーブ |
| エピタキシャル成長 | CVD装置・MOCVD装置 | CVD-SiCコート治具・サセプタ |
| ドライエッチング | プラズマエッチング装置 | CVD-SiCコートリング・フォーカスリング |
| 高温熱処理・イオン注入活性化 | 高温アニール炉 | グラファイトボート・スペーサー |
セラミック事業が目指す2031年の姿
イビデンは中長期計画において、2031年3月期までのセラミック事業の方向性を示している。
- グラファイト(特殊炭素製品):パワー半導体需要拡大+原子力向け拡大で売上倍増目標。原子力発電向け黒鉛部材も将来の収益源として育成中。
- EV向け製品:150億円規模の売上拡大を目指す(EV向けセラミック部材、詳細は非公開)。
- DPF事業:縮小は不可避とみつつも、中国・新興国でのディーゼル車需要は向こう10年残存するため急激な撤退はしない。
この再構築は、「自動車排ガス向けセラミック」から「半導体・エネルギー向けグラファイト」への重心移動だ。主力製品の入れ替えには時間がかかるが、方向性は明確に打ち出されている。
電子事業との相乗効果
あまり語られないが、セラミック事業と電子事業の間には素材・プロセス技術面での相乗効果がある。
高純度・高精度な素材加工のノウハウ、高温処理技術、薄膜被覆技術は、FC-BGA基板製造と特殊炭素製品製造に共通する技術基盤だ。イビデンが「電子基板と特殊炭素を同じ会社で作っている」のは偶然ではなく、材料科学・精密加工を核にした事業ポートフォリオの設計によるものだ。
まとめ──DPFの終わりとグラファイトの始まり
イビデンのセラミック事業は今、構造転換の過渡期にある。EV化でDPFという旧来の柱が縮小する一方、SiCパワー半導体の台頭が半導体装置向けグラファイトという新しい柱を押し上げている。
2026年3月期の▲37%という営業利益減少は「転換コスト」の一側面だ。50億円のグラファイト増産投資が本格的に貢献し始める2027〜2028年以降、セラミック事業の業績が底打ち・回復局面に入るかどうかが、イビデン全体の成長ストーリーの厚みを左右する。
「電子基板で稼いで、セラミックで次の柱を育てる」というイビデンの二軸戦略の行方は、AI半導体だけでなくパワー半導体・エネルギー産業の動向にも密接に連動している。
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