「外資ファウンドリに1,600億円」——日本が光半導体に賭けた理由

2026年7月14日、イスラエル発の特化型ファウンドリTower Semiconductorは静かに、しかし半導体業界には大きな衝撃を与える発表をした。富山県と新潟県の2拠点に総額30億ドル(約4,400億円)を投じる投資計画だ(EE Times Japan, 2026年7月GlobeNewsWire, 2026年7月14日)。

その投資額の3分の1にあたる10億ドル(約1,600億円)を日本政府(METI:経済産業省)が補助金として負担する。外資系企業への大型補助は異例だ。なぜ日本政府はTowerの工場に1,600億円を出すのか。その答えはAIデータセンター向け「光半導体」の国産サプライチェーン確立という国家戦略にある。

TPSCoとは何か──Tower日本法人の歩み

Towerの日本法人はTPSCo(Tower Partners Semiconductor Co., Ltd.)という名で、富山県魚津市と新潟県胎内市の2拠点で300mmウェーハの製造を行っている。

その起源はパナソニックの半導体事業だ。パナソニックはかつて国内に複数の半導体ファブを持っていたが、スマートフォン向けシステムLSI事業が台湾・韓国勢との競争で苦境に立たされ、半導体ビジネスの再編を余儀なくされた。その過程で富山・新潟のファブ設備がTowerとの合弁事業に組み込まれ、最終的にTowerが経営権を握る形でTPSCoが生まれた。

現在、TPSCoが運営する2ファブはTowerのグローバル生産体制の中で唯一の300mm(12インチ)ウェーハ生産拠点として、SiGe(シリコンゲルマニウム)BiCMOS・RF SOI・シリコンフォトニクスという特殊プロセスを担っている。顧客にはIntel・Broadcom・Samsung・Skyworks・Semtechなどグローバルな大手半導体メーカーが名を連ねる。

Fab 7(富山・魚津市)──SiGeとRF SOIの主力拠点

富山県魚津市にあるFab 7はTPSCoの中核ファブだ。300mmウェーハでSiGe BiCMOS・RF SOIを量産し、5Gフロントエンド・車載レーダー・光通信用ICを製造している。

このファブが担う主力プロセスのうち、SiGe BiCMOS(SBC18H5)はfT 340GHz超・fmax 450GHz超を達成しており、AIデータセンター向け光インターコネクト(TIA:トランスインピーダンスアンプ・LD:レーザードライバ・CDR:クロックデータリカバリー)に広く採用されている。衛星通信地上端末のフロントエンドや77GHz車載レーダー周辺回路にも使われる。

今回の投資計画(Track 2)では、Fab 7の隣接地に新300mm施設を建設し、SiGeの生産能力を大幅に増強する計画だ。AIデータセンター向け光通信の急増とともに、SiGe TIAの需要が急拡大していることへの対応だ。

Fab 6(新潟・胎内市)──シリコンフォトニクス専用ラインへの転用

新潟県胎内市にあるFab 6は、今回の投資計画でより抜本的な変革を遂げる。現行の300mm生産ラインをシリコンフォトニクス(SiPho)専用ラインに全面転用し、2027年Q4の稼働開始を目指す(Track 1)。

シリコンフォトニクスとは、シリコン基板上に光導波路・変調器・受光素子を集積する技術で、AIデータセンター内のサーバー間通信を銅配線から光信号に置き換えるために急速に普及している。NVIDIAやGoogleのGPUクラスター内で膨大なデータを光速で転送する光インターコネクトがその用途だ。

Towerはこの需要を先読みし、すでに具体的な受注を積み上げている。

  • 2026年5月:2027年向けシリコンフォトニクスの受注額13億ドルを確定(顧客からの前払い金2.9億ドルを受領済み)
  • 2026年6月:Marvellとの連携でAIデータセンター向けコヒーレントフォトニックICを500万個以上出荷

Fab 6の転用が完成する2027年Q4時点で、Towerは「SiPhoウェーハをどこより多く・安定して製造できるファウンドリ」という地位をさらに強化することになる。

投資計画の全体像

項目Track 1(Fab 6・新潟)Track 2(Fab 7・富山)
場所新潟県胎内市(Arai)富山県魚津市(Uozu)隣接地
ウェーハサイズ300mm300mm
主な転用・建設内容既存ラインをSiPho専用に転用SiGe・SiPho対応の新棟建設
主力プロセス(完成後)シリコンフォトニクス・先端パッケージングSiGe BiCMOS・RF SOI(拡大)
稼働目標2027年Q4順次稼働
METI補助対象

投資総額30億ドルのうちTowerが負担するのは20億ドル、METIが10億ドルを補助金として拠出する構図だ。Towerはこの投資を背景に2028年の売上36億ドル・純利益12億ドルという目標を掲げている(2025年実績は売上15.66億ドル)。

METIが10億ドルを出す政策的意図

「外資ファウンドリになぜ1,600億円を出すのか」という疑問は当然だ。METIの補助判断の背景には複数の政策的意図がある。

①AI光デバイスの国産サプライチェーン確立

AIデータセンターの爆発的な拡大により、シリコンフォトニクスを使った光インターコネクトの需要は2025年の28億ドルから2030年には97億ドルへとCAGR約28%で成長する見通しだ(Wissen Research)。この市場で日本が「作れる国」であるためには、世界水準のSiPhoファウンドリが国内に必要だ。TowerのFab 6(新潟)転用はその実現手段となる。

②TSMCへの集中依存リスクの分散

ロジック半導体(AI GPU等)の製造がTSMC(台湾)に集中するリスクへの対応策として、日本政府は半導体工場の国内誘致を積極化している。TSMC熊本ファブ(第1期・第2期)・Rapidus(北海道千歳)・キオクシア(三重)への補助金と同じ文脈だ。特化型ファウンドリであるTowerの光半導体ラインは、ロジック偏重の補助ポートフォリオを補完する意味でも戦略的だ。

③「光電融合」国家プロジェクトとの整合

日本政府は2023年以降、「光電融合」(フォトニクスとエレクトロニクスの統合)を重点技術として位置づけている。NTT主導のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想や、NISTEPが推進する光通信インフラの高度化が政府のバックボーンにあり、TowerのSiPho投資はこの方向性に合致する。

日本の半導体補助金の中でのTower案件の位置づけ

企業・プロジェクト場所補助金額(概算)主な製品
TSMC熊本(第1期)熊本県菊陽町約4,760億円先端ロジック(12/16nm)
TSMC熊本(第2期)熊本県菊陽町約7,320億円先端ロジック(6nm等)
Rapidus北海道千歳市約9,200億円(累計)最先端ロジック(2nm以降)
Tower(TPSCo)富山・新潟約1,600億円SiPho・SiGe(特殊プロセス)
キオクシア(四日市)三重県四日市市約929億円NANDフラッシュ

補助金規模では大型案件の後塵を拝するが、Tower/TPSCoが埋めるのは他の補助案件が対象としない「特殊プロセス・光半導体」という空白だ。TSMC熊本はロジック、Rapidusは次世代ロジック、キオクシアはNANDとそれぞれ異なるセグメントを担い、TowerのSiPhoはその補完として機能する。

地域への影響:富山・新潟が半導体産地に

富山県魚津市と新潟県胎内市は、かつてパナソニックの工場城下町として地域経済を支えてきた。半導体景気の恩恵がTSMCで九州(熊本・大分)に集中する中で、北陸・甲信越地域でのTower拡張は地域経済にとっても重要な意味を持つ。

直接的な雇用効果に加え、地元の設備・部材・ユーティリティ企業への波及需要、さらには半導体人材の地元採用・育成という面でも、富山大学・新潟大学など地元理工系大学との産学連携の機会が生まれる。「半導体を作る場所が東京から遠い地方にある」という日本の産業地理は、Towerの投資でさらに北陸・新潟へと広がることになる。

TowerのグローバルSiPho戦略における日本の役割

Towerのグローバル戦略において、日本(TPSCo)のポジションは2026年以降に大きく変化した。

かつてTPSCoはTowerのSiGe・RF SOI量産を担う「生産拠点の一つ」という位置付けだった。しかし2026年7月の30億ドル投資発表後、TPSCoはTowerのシリコンフォトニクス量産の世界的中核として格上げされた。Towerのグローバルファブ体制(イスラエル・米国・日本・イタリア)の中で300mm SiPhoを担えるのは日本とイタリア(STMicroと共有のFab 8)だが、投資規模では日本が圧倒的に大きい。

Towerが2027年向けに13億ドルのSiPho受注を確定させているという事実は、Fab 6の稼働スケジュール(2027年Q4)との整合から、この受注の相当部分をFab 6が担う計画であることを示している。

タイムライン:2024〜2028年の日本での動き

時期出来事
〜2026年以前TPSCo(Fab 6・Fab 7)でSiGe・RF SOIを量産。Intel・Broadcom等に供給
2026年5月2027年向けSiPho受注13億ドル確定。前払い金2.9億ドル受領
2026年6月Marvellと連携でコヒーレントフォトニックICを500万個以上出荷
2026年7月14日日本への30億ドル投資計画を発表。METI補助金10億ドル(約1,600億円)確定
2027年Q4(予定)Fab 6(新潟・胎内市)のSiPho専用ライン稼働開始(Track 1)
2028年(目標)Tower全体で売上36億ドル・純利益12億ドル達成目標

まとめ──「外資に補助金」という選択が意味するもの

Tower Semiconductorの日本投資は、単なる工場建設の話ではない。日本政府がTSMC・Rapidus以外に「光半導体(シリコンフォトニクス)を国産化するための外資ファウンドリ誘致」という選択をしたことを意味する。

AIデータセンターの拡大に伴いシリコンフォトニクスの需要は今後10年で数倍に膨らむ。その製造を「日本で行える」状態を作ることが、日本の半導体産業の多様化と安全保障の両立につながる。

富山・新潟の2ファブが2027〜2028年に本格稼働したとき、Towerは「AI光半導体のグローバルファウンドリ」として確立した地位を得る。そしてその量産の中核を担うのが、かつてパナソニックが手放した北陸・新潟の工場になるというのは、日本の半導体産業の歴史的な巡り合わせでもある。

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